ホワイトノイズ、ピンクノイズ その2 作:まりえしーる 発表日: 2005/11/18 16:00

まりえと並んで歩きながら、こいつはなんでアズサさんを自宅に招待する気になったんだろうか、と考える。両親がユーレイを見てどんな反応するか想像したんだろうか。アズサさんを無視しちゃ失礼だからカタチだけ声かけました、ってカンジには見えなかった。見えなかったような気がする。気がするんだけど。やっぱ、わかんねーや。

「ヒカワくん、キズの具合はどう」「カラダ思いっきりひねると、ちょっとひきつったカンジはある。けど、もう痛くもかゆくもねーや」「見せてけろ」「なんで」「見たことないから」「誰がこんな場所で見せるか。ところでさあ」「なあに」「玄関、ロックしてなかったのに今日のお前は勝手に入って来なかったな」「うん」「なんで」「あのひとがいるってわかったから」「わかるのか、そんなこと」

「実はー、あたし、いつでも耳鳴りがしてるんだ。高校に入った頃から、ずーっと」「耳鳴り。それが関係あるのか」「耳鳴りってのがあ、ジャーって音なんだよ。深夜の砂嵐中継みたいな音」「あれは番組じゃねーぞ」「その耳鳴りがね、ときどきザーって音に変わるの。ジャーからザーに。わかるかな。低くなるカンジ。高い音が無くなるってゆーか。で、なんでかなって思ってたんだけど、こないだの事件のときにわかった。あのひとが近くに来ると音が変わるんだよ。どーゆーわけか」「へえ」「今日もヒカワくんの部屋の前に来たら耳鳴りがザーになったんで、あ、あのひとといっしょだってわかった」

なんだそりゃ。よくわかんねーハナシだな。

「ずーっと耳鳴りがしてるのって、つらいだろ」「まあね」「医者、行ったのか」「行ってない」「親には」「言ってない」「そっか。医者、行けば」「パパとママに心配かけたくないから。特に今は。それにさ、あたしって元気じゃない、いつでも。だから別にいーんだよ」

そんなもんだろうか。夜、眠れるのかな。でもこいつは毎晩12時間くらい眠ってそーな気もする。ま、いっか。

「アズサさんに話しかけたの、さっきが初めてだろ」「うん」「嫌いだったんじゃねーのか」「そんなことないよ」「そっか」

「あの事件のとき、すごいな、って。ヒカワくん死にそうだったのに、すっごい落ち着いてて。あのひとはどんなときでもあわてたりすること無いんだろうな、って。あたしがあの場面であんなふうにテキパキできたら、どんなによかったか」

おめーにゃムリ、と言いかけたけどやめた。俺にだってムリだもんな。でもさ、あんなふうになりたいって気持ちさえあれば、そんな思いを持ち続けることができれば、いつかそんな自分になれるかもしれない。だから軽々しく否定しちゃいけないって気がする。

「お祝いの品、なんか買わなきゃ」「いーよ、そんなの」「そーゆーわけにはいかねーよ」と言いながら俺は所持金を確かめようとして、忘れものをしたことに気付く。「サイフ忘れた。しまった」「ちょーどいいよ。早く行こ」

俺ってものすごくダメな恩知らずだな。結局手ぶらでメシをご馳走になりに行くだけか。非常識なサイテーのバカ高校生だ。

まりえの家に着いた俺は、退院のお祝いと、血をもらったことへのお礼を改めて述べ、手ぶらで来たことを謝罪し、まあまあそんなことはいいから、と招き入れられ食事をごちそうになった。

会話の中で、俺の入院中に来ていた俺の親が、まりえの両親にお礼をしていたことを知った。へえ。あいつにそんなことができるとは。やっぱオトナなのか。それは認めなくちゃいけない事実か。まりえの両親の話から察するに、俺の親がやったお礼ってのはけっこうなレベルだったらしい。そのせいもあって、まりえの両親は俺を招いたのかな。親に借りができたような気がして複雑だ。

まりえのお父さんが疲れた様子を見せはじめた頃、食事会はお開きになった。お父さんはしばらく自宅療養するそうだ。お大事に。俺が帰ろうとすると、買い物があるからと言って、まりえが付いて来た。

「お父さん、元気になってよかったな」「うん。あの世に行きかけたひとには見えないよー。でも病院でずっと寝てて体力落ちたみたい。ビョーインってカラダに悪いんだね、きっと」

まりえは病院が好きじゃないんだろうな。病院への俺の感想を言うならば、入院中毎晩アズサさんが来てくれたおかげで、病院は特殊シチュエーションがウリのラブホみたいだったな。ラブホ、行ったことないけど。まわりに気付かれるんじゃないかとヒヤヒヤして、すっげーコーフンしたっけ。

「あ、メールだ」。まりえはケータイをバッグから出してメールを読み始める。ただでさえ転んでばかりいるバカがケータイ見ながら歩くのはいかがなものか。

「うわあ、今からだって。うーんどーしたもんかな」「なに」

まりえが言うには、ケータイを新規で買ったら急に知らない相手からメールが来るようになったんだそうだ。そいつはファッション雑誌「ビランセイ」の編集やってる男で、女子高生に誌面作りへの参加をメールで呼びかけてるんだという。

「なにそれ。まさか返事送ったのか」「うん。面白そうだから。街とガッコの名前くらいなら教えてもいいかな、って。そしたら今日取材でこの街に来てるんだって。雑誌に載るって約束はできないけど、あなたを撮影させてください、だって。プロに撮ってもらうのもいーじゃない。うわービランに載ったらどーしよー」

まりえはうれしそうだ。好きにしな。でもなんかひっかかるような。「場所、どこ」「東町のビルの建設現場だって」「はぁ?」「あの雑誌のグラビア、いっつも廃墟とか工事現場だからさ。今度もそーゆーカンジなんだよ、きっと」「行くのか」「もちろーん。ね、ヒカワくんも行こーよ。きっとかわいいモデルとかもいっぱいいるよ」「やめとく」「なんで」「別に。なんとなく」「あっそ。早く帰りたいんだ、ひゅーひゅー」「俺、スーパー寄ってくから、ここで。じゃあな。ごちそーさまでした」「ん。明日ねー。いーかげんケータイ買いなよー」

まりえのお母さんの料理はフツーに食べられるのに、どうしてあいつはあんなポイズンを作っちまうんだろう、などと考えながら俺は歩いた。そしてサイフを忘れたからスーパーに寄るのは無意味だってことに気が付いて、すべてがばからしくなる。あーあ。まっすぐ帰ろう。アズサさんとネズミが待ってる。

5分ほど歩いた頃、女子高生らしき二人組とすれ違う。「なんであたしらに声かけねーんだよー」「もービラン買うのやめやめ。けっ、てカンジ」という会話が耳に入ってきた。

ビラン?こいつら取材現場に出くわしたってことか。こいつらが来た方向って、まりえの言ってた場所と逆だろ。

「わり。どっかでビランの撮影やってたのかな」と俺は二人組に尋ねた。

「え。は、はい。駅前で歩いてるコつかまえてシャシン撮ってました。今、横通ってきたばっかです」「サンキュ」

こいつらは何をかしこまってるんだろ。いーや、そんなことじゃなくて。駅前。まりえが向かった場所とけっこう離れてんな。同時に複数の場所で撮影なんてするもんだろうか。考えにくい。通行人にビランだってわかるんだから駅前のはホンモノだろう。じゃあ、まりえは誰に呼び出されたんだ。

俺は来た道を走って戻った。


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