キープ・オン・ムーヴィン その16 作:まりえしーる 発表日: 2005/11/08 10:00

「そんな。うそでしょ」

「どう思おうとあなたの勝手よ。あたしにはあなたの気持ちなんて知りようがないし知りたくもないわ。ともかく、あたしはヨシカワさんに詰め寄った。これはなに、なんのつもり、って。そしたらヨシカワさんは全部話した」

「なんて」

「ヨシカワさんは、あたしと知り合うずっと前から、あたしのことを追いかけていたんだ、って。街で見かけたあたしを気に入って、それからずっと。あたしの後をつけて、このアパートに住んでることも知った。このアパートに空室が多いことも知った。そんな時、コナツ、あなたの最初の事件があって、あなたは実家に住むのがつらくなった。ヨシカワさんは、あなたを守るためという口実で実家を出て、このアパートに越してきたのよ。わざわざ、あたしの隣の部屋に」

「……」

「ヨシカワさんは引越しのあいさつに来たときに、いきなりあなたのことを相談してきたわ。あまりにプライベートな事情をなんで知り合ったばかりのあたしに、ってそのときは戸惑った。でも今ならわかる。ヨシカワさんにとってコナツは、あたしに接近するための道具だったのよ。わかる?」

「……」

「悩みを相談しているうちに親しくなるってのはよくあることだし。実際あたしは、自殺するって騒いだコナツのためにヨシカワさんの部屋に入ることになった。ワナにかかったようなものね。でも、ヨシカワさんにとって誤算だったのは、あの時カベから髪の長いひとが出てきて、わけもわからないまま、あたしとコナツが愛し合うようになったってこと。ヨシカワさんはもちろんそんな事情は知らない。あのひとが知ってるのは、あたしと自分の妹が恋に落ちたって事実だけ」

「……」

「でもヨシカワさんは、全然あきらめなかった。あたしとの関係がゼロになるよりはずっとまし、そう考えたらしい。で、あたしとコナツの関係が冷めるのを待っていたのよ、カメラを仕掛けたりしながら」

「……」

「あたしは次のコトバを待ったわ。この人間のクズが次に何を言うのかって。そしたら、あの男は、『盗撮のことは妹には黙っていてください、お願いです』だって。あたしに夢中とか言っておいて、心配するのは妹のことだけか。あたしの気持ちなんてこれっぽっちも考えてないのか、この薄汚いストーカーは、ってあたしは思った。それでキレた」

「……」

「あんたを訴えてやる。コナツにも、あんたの両親にも、勤め先にも、みんなに知らせてやる。それがイヤなら、今夜じゅうにビデオと写真を焼却してアパートから出て行って。二度とあたしの前に現れないで、ヘンタイ。あたしはそう叫んで部屋を飛び出した。気持ち悪くてもうこのアパートにはいられないと思ったから、大急ぎで何日か分の下着をバッグに入れて友達の家に行ったわ。2,3日そこに泊まってた。ニュースでヨシカワさんが亡くなったことを知ったのは、その友達の家で、だった」

「……」

「後味が悪すぎて、あたしはもう何日か友達に世話になったの。とても部屋に戻る気が起きなくて。だから帰ったのはほんの一昨日よ。お隣はキレイにからっぽになってた。たぶんヨシカワさんは死ぬ前にビデオや写真は処分したんでしょうね。世間体が大事だったみたいだから」

「……」

「どう、コナツ。これがあなたのお兄さんについて、あたしが知ってるすべてよ。お兄さんのウラの顔を知って、どんな気分?」

「……」

「なにか言いなさいよ。ひとが思い出したくもないことを、男と二人がかりでムリにしゃべらせたんだから」

「兄が、ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」

「なにそれ。あっさり認めちゃうの?うそつき!とか言わないの?なんでよ。なんでこんなヒドイ話を素直に受け入れられるのよ。余裕?男ができた余裕なの?結婚した上に若い恋人までいる余裕?お兄さんのことを聞くのにカレシ同伴だもんね。あたしに見せつけたかったんでしょ」

「フジノ……」

「帰ってよ、帰って。もう顔も見たくない。帰れ」

コナツは、あたしが知ってるフジノとはまるで違うひとになってしまったなあ、と思いながらフジノの顔を見ていた。


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