「コナツ、あなたが話せって命令したんだからね。ちゃんと最後まで聞きなさいよ。後悔してもあたしは知らない」
フジノの前置きにコナツはうなずいてみせる。もうここまで来たんだ、何を聞かされたってかまわない。それにしてもフジノって、こんな意地悪な顔してたっけ。
コナツと少年はフジノの部屋にいる。一階の住人がひとつの部屋に集合するのは初めてだな、とコナツは思う。ただし、アニキと、「あのひと」はいないけど。
「あなたのお兄さんが亡くなる3日前の夜だったかな。ちょっと大きめの地震があったの。長く横揺れが続いた。そしたらアパートの二階で火災報知器の警報が鳴り始めて。凄い音だった。このアパートに入って以来初めて聞いたわ。びっくりしてあたしは部屋を飛び出した。そしたらお隣から、あなたのお兄さん、ヨシカワさんもやっぱり飛び出して来て。地震だからお互いドアは開けたままにして。
あたしが、火事でしょうか、って聞いたら、『たぶん。上ですね。僕、見てきます』
そう言ってヨシカワさんは二階に上がって行った。あたしはまた揺れが来るのが心配で、下で待ってた。そしたら、玄関が開けっ放しだったヨシカワさんの部屋から、声が聞こえたの。かすかに。誰の声だと思う」
「さあ」
「コナツ、あなたの声。あなたの声が聞こえてきたの」
「え」
「あたしも驚いた。引っ越したコナツが部屋に来てるのか、って。でも火事かもしれないのに、なんで部屋から出てこないんだろう。なんで声を出してるんだろう。まさかケガでもしてるのかって思ったら、いてもたってもいられなくなって。あたしはヨシカワさんの部屋に駆け込んだの」
「あたしは、来てない」
「ええ。あなたはいなかった。あたしがそこで見たのは」
フジノは2本目のタバコに火をつけた。が、またすぐに神経質そうな動作で揉み消す。
「ビデオよ。ヨシカワさんはビデオを見ていたのよ。そこに映っていたのは、そう。コナツ、そしてあたしが映っていたわ。あたしが聞いたのは、ビデオの中のコナツの声だったの」
「なに、それ」
「床には開いたままのスクラップブックがあった。そこには、あたしの写真がたくさん入っていた。ヨシカワさん、警報であわてて、ビデオも写真もそのままで飛び出したのね」
「え。どーゆーこと」
「あたしにも何がなんだかわからなかったわよ。呆然としてたら、いつの間にか部屋にヨシカワさんが帰って来ていた。警報は、どうやら誤作動だったらしくて、もう止まっていた。ヨシカワさんは真っ青な顔をして立っていた。『これはどういうことですか』ってあたしは聞いたわ。スクラップブックのあたしの写真は、知らないうちに撮られたものでキモチ悪かった。けど、それよりもなによりも、ビデオのほうは、あたしには絶対に絶対に絶対に許せないものだったから」
「それって……」
「そうよ。その通りよ。撮影場所はヨシカワさんの部屋だった。覚えてる?ヨシカワさんの留守中に、あの部屋で愛し合ったことがあったわね、あたしたち。カメラが仕掛けられているのも知らないで」
コナツの顔から血の気がひいた。