キープ・オン・ムーヴィン その14 作:まりえしーる 発表日: 2005/11/02 10:00

花屋を出たコナツは、電車とクルマ、どっちでフジノのアパートに行こうか少し迷う。結局クルマを選択した。ここんとこずっと乗ってなかったからな。途中でケーキを買って駐車場へ直行する。

あの街も久しぶりだな。引っ越して以来初めてだ。1ヶ月しかたってないけど、ずいぶんたったように感じる。前を走るクルマのテールライトが滲んで見える。フロントガラスの汚れが目立つね。洗車しなきゃ。ナビシートに置いたケーキ、箱の片側にひっついちゃってるかもしれないな。ま、いっか。道路はすいている。快調だ。でもアパートが近づくと胃が重くなってきたな。ええい。会うと決めたら会う。行くぞ。

コナツはアパートの前にクルマを停めた。もともとひと気の無いアパートだったが、今はさらに寂しいフンイキになっちまったな。もう空室が埋まることはないんじゃないのか、ここ。そんなことを思いながらコナツはクルマを降りてフジノの部屋に向かう。ミズキという表札は以前のとおり掲げてあるから引っ越してはいないようだ。チャイムを鳴らす。だが返事は無い。

留守か。どーしよーかな。ケーキ持ち帰ってひとりで食ったらカロリーオーバーだよな、などと考えながらクルマに戻った。しばらく待ってみよう。しかしハラ減った。やっぱ張り込みには牛乳とアンパンだよね、デカチョー。デカチョーって誰。コナツは近くのコンビニに行くことにした。その店には駐車場が無いから徒歩で。

2分ほど歩いてコンビニの前に来たコナツは緊張した。なんとレジ袋を提げたフジノが店から出てくるところだった。うわ、なんて声かけたらいいんだろ。まだ何も考えてなかったよ。

フジノもコナツに気付き固まる。沈黙。コナツは意を決して声をかける。

「ひさしぶり」「……ひさしぶりだね」「元気?」「……うん」「あの、いろいろ迷惑かけてごめんね」「……迷惑、って」「アニキが。いろいろと。お騒がせしちゃって」

フジノは固い表情で目を伏せる。「迷惑、って言ったって」

「フジノ、なに?何かあったの?」「何も。何も無いけど」「そう。あ、あのさ。アニキのことで、何か思い当たることとか、ないかな。何でもいいんだけど」「話すようなことは何も」

フジノの様子はおかしい。何かある、とコナツは感じた。「フジノ、何を考えてるの?何か知ってるでしょう。ねえ、教えて、アニキのこと」

「コナツ、話すことは何も無いわ。帰って。死んだひとのことなんて、ほじくりかえしたりするもんじゃないわ。やさしかったお兄さんの思い出を大事にしてればいいの」

「フジノ、話してよ」とコナツが間合いを詰めると、フジノはターンしてアパートとは反対方向に駆け出した。コナツは走り去るフジノの向こうからやって来る長身の人影を認めた。凄い偶然だ。コナツは思わず叫んだ。

「ヒカワくん!フジノを止めて!」

コナツの声を聞いたフジノは驚いて立ち止まる。目の前には背の高い少年が立ち塞がっている。フジノは、コナツと目で会話している少年の顔を見つめ、それから振り返り、こちらにやって来るコナツを見る。

「ああ、そうなんだ。そうだったんだ、あなたたちは。へえ。いつの間に」

フジノの表情が変わり、口調が投げやりになった。目つきが鋭くなっていて邪悪さすら感じさせる。「あーあ。あたしひとりバカみたい。あなたたちがそんな仲になってたなんてね。あきれた。なーんだ、できてたんだ。よりによってこんな組み合わせで」

コナツは黙ってフジノを見ている。フジノはバッグからタバコを取り出す。いつタバコを始めたんだろう、とコナツは驚く。前は吸わなかったのに。フジノはタバコをくわえライターでゆっくり火をつけるが、即座に足元に投げ捨てる。そして忌々しそうな表情でタバコを踏みつける。

「なんだか、もうどうでもよくなったわ。コナツ、話してあげる。あなたのお兄さんのこと」


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