キープ・オン・ムーヴィン その13 作:まりえしーる 発表日: 2005/11/01 10:00

東京に帰る機内でずっといちゃついていた二人は性欲を抑えきれなくなり、結局コナツの家に直行した。2日間ずっといっしょにいたのにまだ足らないのか、あたしって。イカンな。

少年は深夜に帰って行った。あーあ。またひとりだ。

翌日からコナツは仕事に戻る。八戸で買った「せんべい汁セット」をおみやげに持って出勤しようかと考えるが、忌引休暇明けに旅行のミヤゲはマズイだろと思い直した。この見慣れない食べ物は、あいつが次に来たときに作ってみよう。

就職そうそう1週間以上休んでしまったのに、花屋のひとたちは暖かく迎えてくれた。アニキの死が自殺だというので気を使ってくれているのか、「大変だったね」と言うだけで何も聞いてこないのはありがたい。

「コナツさん、大変でしたね」「うん。そっちこそ仕事、大変だったでしょ。長いこと休んでごめんね」「こっちはけっこーヒマでした。コナツさんが休んで初めてわかりましたよ。コナツさん目当ての客が多かったんだなって」「バイト君、お世辞ヘタだね。その手のハナシはキミには向かないかも。あんまりひとに言わないほうがいいよ」「がーん。あのコーコーセーのセリフとそれほどレベル変わんねーと思うんだけどな」「え。あいつのマネしてるつもりだったの」「俺じゃだめっすか」「バイト君はバイト君の個性を伸ばせばいーんじゃない」「俺、カイトです」

鉢植えの花を店頭に並べながらコナツは、イタコのひとがアニキの口寄せで語ったコトバの中に、「近所のひとに大変な迷惑をかけてしまった」という意味のフレーズがあったことを思い出した。近所ねえ。あのアパートの近所のひと。空室の多いあのアパート。婚約者の家にいることが多い少年はめったに帰らず、あたしが出て行き、アニキが自殺した今、あのアパートの一階に住んでいるのは。

フジノだけだ。

アニキが死を決意したとき、一階の住人はアニキとフジノだけだったはずだ。

あたしはフジノと顔を合わせたくなくて、アニキの死後、あのアパートには一度も行ってない。部屋の整理は親と親戚にまかせてしまった。フジノはどうしてるだろう。「空室が多いと治安が心配」ってよく言ってたフジノ。もう引っ越しちゃったかな。

隣室の住人が自殺したと聞いたら、いい気分がするはずがない。兄妹そろってフジノには迷惑をかけてしまったことになる。気が重いけど、やっぱり一度挨拶に行ったほうがいいな。それに、フジノはアニキの失恋のことを何か知ってるかもしれないし。

あたしが結婚を理由に別れを切り出し、フジノがそれを受け入れてくれた後、あたしもフジノもケータイを変えた。新しい番号はお互いに知らない。だから今連絡を取る方法は直接部屋に行くことしかない。

今夜行ってみよう。気が重いけど。どっかでスイーツでも買って行くか。


前へ 目次 BBS 次へ
inserted by FC2 system