キープ・オン・ムーヴィン その12 作:まりえしーる 発表日: 2005/10/31 10:00

ホテルをチェックアウトしたふたりはクルマで三沢方面へ走る。「三沢を越えて八戸に行くわ。セトさんに紹介されたイタコのひとに会うんだ」「イタコ」「うん。普段は自宅で口寄せをやってるんだって」「イタコ、かあ」「別に、ってカンジかな?あたしも、ホントはね。でも体験しておきたいんだ」

「コナツさん、誰を呼んでもらうの。やっぱり」「うん。アニキ。四十九日過ぎてないと受け付けてもらえないってハナシもあるんだけど、ま、いいでしょ、ってことになって」「ふうん」「なんてゆーのかな。知りたいんだ。死んだひとのコトバが聞きたい、ハナシがしたいっていう願いがさ、人間にはあるわけでしょう。そのニーズにこたえるカルチャーが生まれたわけでしょう。信じる信じない、みたいなことはどーでもいいんだ、あたし。うまく言えないけど、そのカルチャーに敬意を表したい、みたいな。茶化したり笑ったりする気にはなれないよ。そのカルチャーには切実な思いが詰まってるんじゃないかな。それに触れてみたいんだ」

目指す民家はあっさり見つかった。二人を迎えたイタコは中年の女性だった。コナツは意外だな、と思う。おばあさんに会うんだと思ってたよ。高校に通いながら修行をして19でイタコとして独立したという女性のハナシを聞いたことがあるけど、その最後のイタコと呼ばれるひとでもなさそうだ。

セトさんの紹介だから間違いはないだろう。コナツはイタコのひとの正面に座り、亡くなって間もない兄の口寄せを依頼した。

そこでコナツが聞いたのは、どこか民話のような話だった。時間がゆったりと流れている世界がそこにはあった。これはアニキが語るようなコトバじゃないよな。だけど、なんで涙が止まらなくなるんだろ。この旅では泣いてばかりだ。あたしは、普段、そんなにムリしてるのかな。そんなに張り詰めてたのかな。

「ありがとうございました」。口寄せが終わり、コナツがイタコに頭を下げ振り返ると、少年が身を乗り出している。「あの、俺も、お願いしたいんですが」。コナツは耳を疑った。なんでまた。キョーミ無さそうにしてたくせに。いったい誰を呼んでほしいんだろう。まさか、あの幽霊のひとを?そんなばかな。

すると少年は、自分が幼いときに死んだ母親を、と前置きして、母の名前と生年月日をイタコに告げた。その時点で少年の声は震えている。これから少年がどうなるかは、話を聞かなくてもコナツには予想できる。

そうだったのか。そんなに死んだおかあさんのことを。コナツは初めて少年の心の奥に触れた気がする。ほんの少しだけど。少年には母の記憶がまったく無いらしい。会ったことが無いのも同然の母親を今までずっと慕っていたのか。いや、会ったことが無いから慕うのか。

出会う前に死んでしまっているひとに恋焦がれるのは、幽霊のひととの恋が最初じゃなかったんだね。少年の心の闇がこんなに大きく深いものだったとは。あたしは昨日、ホントにひどいことを聞いちゃったんだな。ごめんね。

少年の肩が震えているのを後ろから見て、コナツは感情を抑えることができない。当事者の少年よりも大泣きしてしまう。

口寄せが終わり、ふたりは泣きはらした目でクルマに戻った。泣くだけ泣いて、なんかすっきりしちゃったね。おなかがへってきたよ。つらいことがあろうとカベにぶちあたろうと、人間は食べたり笑ったりしていくもんだね。

「肉、食べよっか」「賛成。ハラへったー」「ところでさ、イタコのひとのコトバわかった?」「あー。部分的に。たまに。少しは」「わかんないのに泣いてたの?なんだそりゃ」「コナツさんだって号泣してたでしょうが。なんのハナシか全部わかったの?」「ハートがさ、伝わってきたの。コトバじゃないものがさ」「やっぱわかんなかったんでしょ。もー最初っからめそめそしたかっただけなんじゃないの?泣き虫だからさ。そもそもハナシなんて全然聞いてないでしょ」「うおっ、大泣きしてたキミにそんなこと言われるとはセーテンのヘキレキだぜ」

ホントは、イタコのひとのハナシ、ほとんどわかったんだよね、ふたりとも。でもさ、泣いたことが照れくさくてジョークにしてるんだ、あたしたちは。

食事のあと、ふたりは三沢空港に向かう。短い旅だったな。ねえ、甘えん坊くん。


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