恐山の荒涼とした地獄の果てには白い砂浜が広がっている。その先には美しい湖が。これは天然の劇場か。これではドラマだ。
カタルシスがある。「こんなのって」とコナツは思う。こんなエンディングを誰が用意したんだろう。
情緒的にモロくなってるあたしには、湖面の輝きがまぶしいぜ。
地獄めぐりの後に見る宇曽利山湖は美しすぎる。砂浜には無数の小さな墓が並び花が供えられている。
硫黄の影響なのか、宇曽利山湖は七色に輝く。砂浜に立つ墓標。この世の終わり。まるですべてが終わった後に、
広い海にふたりだけでいるみたいだ、とコナツは思う。何もかもが遠すぎる。死者たちはみんな成仏して行ってしまった。
あたしにはもう何も無い。
コナツは砂浜に腰を下ろし、湖を見ながら泣いた。少年も隣に座り、ふたりは肩を寄せ合う。
時間は湖の上を渡る風のようにゆっくり流れていく。
「あのひとは、今、そばにいるの?」「今は、いない」「そう」「硫黄はクサイから嫌いなんだって」「そうなんだ」
あのひとは、人間くさいな、いつも。幽霊なのに。今はどこで何をしているんだろう。
「我は海の子、さすらいの」
コナツは少年を見る。「なんの歌、それ」。少年は微笑む。「俺たちの歌。俺たちのような帰る場所が無い人間の」
そんなものだろうか、あたしたちは。帰る場所がない、遠くまで行くしかない人間。そうかもしれないな。
「寒くなってきたね」。コナツは立ち上がる。「熱いおそばでも食べて、ホテルに戻ろう」
「もういいですか。何か見つかりましたか」「なにも。何も見つからないってことを見つけたから、もういいんだ」
何も見つからなかったけど、たくさんのことを感じた。だから、もう、いいんだ。
ふたりは手をつないで来た道を戻っていく。硫黄のニオイにも慣れた。ひとはどんなことにでも慣れちゃうもんだな。
いろんな経験をして、いろんなことに慣れて、しだいに何も感じなくなって、あたしはいつか、
どんなことが起きても動じない人間になれるのかな。ま、無理だろうけど。
「そば、うまいけど量的に足りねーかな」「すぐ夕飯の時間になるから。ねえ、さっきの歌、ホントに帰って来ないひとたちの
歌なの」「え。実はどっかの大学のボート部の歌だそうだから、あれ歌いながらレンシューして、終わったらみんなウチに帰った
んでしょうね」「なにそれ。てめー。ホントにいーかげんな男だな」「あの場所ではそんな気分になったんですよ、マジで」
「あーあ、カンドーして損した」「ひでー言われよう」「あはは。ごめん。いい歌だったよ。あの歌を聞くために
恐山に来たんだなって思ったもん」「そこまでゆーとしらじらしいな」
「ばればれ。ね、なんかさ、あたし今夜酔っぱらいたい気分なんだ」
「ビールもらいますか」「いーや、ここじゃダメ。あたしだけ飲むんじゃつまんないよ、未成年者くん。
お酒買ってホテルに戻ろう」
ふたりは市内をさまよい、食事をし、酒を買い、またさまよい、道に迷った。
普段ふたりはコナツの部屋でしか会わないようにしている。
だからふたりで街を歩くだけで楽しい。これって日陰者の幸福かな、とコナツは思う。
あたしたちの不倫モノぶりもホンモノかあ。
気温がさらに下がってきたので、タクシーを拾ってホテルに帰ることにする。
「そーいえば恐山にイタコ、いませんでしたね」「イタコって年に2回ある大きなお祭りのときに恐山に来るんだって。
普段はいないんだと」
「え。そーなんだ」「えへん。事前にリサーチしたんだ。セトさんに電話しただけだけど。いろいろ教えてもらった。
で、明日は八戸に行くよ」
「ハチノヘ。なにがあるの」「なにかなー。ま、飲め」「コナツさんって酔うとピンクになるんだ、顔とか、首とか」
「なに。ヘン?」「いや、すっげーいろっぺーなって」「エロいかな。ひゃー、そんなこと言われたことないよ。
ずーっと男扱いされてきた人生だ」
「なんでまた。こんな美人が、その胸で、男扱い。ありえねー」「このムネはムダなものだぞお前には、って。
そう言われて育ってきたんだよー。ジュードー一直線で。ちきしょー。あたしの青春を返せー」
「あはは。コナツさんがあまりにセクシーなんで、俺、欲情してきました」
「なんだとキサマ、この手はなんだ。酒に失礼だろう。えっちしながら飲むなんて」
結局コナツは酒よりも性欲を選んだ。