キープ・オン・ムーヴィン その11 作:まりえしーる 発表日: 2005/10/29 15:00

恐山の荒涼とした地獄の果てには白い砂浜が広がっている。その先には美しい湖が。これは天然の劇場か。これではドラマだ。 カタルシスがある。「こんなのって」とコナツは思う。こんなエンディングを誰が用意したんだろう。 情緒的にモロくなってるあたしには、湖面の輝きがまぶしいぜ。

地獄めぐりの後に見る宇曽利山湖は美しすぎる。砂浜には無数の小さな墓が並び花が供えられている。 硫黄の影響なのか、宇曽利山湖は七色に輝く。砂浜に立つ墓標。この世の終わり。まるですべてが終わった後に、 広い海にふたりだけでいるみたいだ、とコナツは思う。何もかもが遠すぎる。死者たちはみんな成仏して行ってしまった。 あたしにはもう何も無い。

コナツは砂浜に腰を下ろし、湖を見ながら泣いた。少年も隣に座り、ふたりは肩を寄せ合う。 時間は湖の上を渡る風のようにゆっくり流れていく。

「あのひとは、今、そばにいるの?」「今は、いない」「そう」「硫黄はクサイから嫌いなんだって」「そうなんだ」

あのひとは、人間くさいな、いつも。幽霊なのに。今はどこで何をしているんだろう。

「我は海の子、さすらいの」

コナツは少年を見る。「なんの歌、それ」。少年は微笑む。「俺たちの歌。俺たちのような帰る場所が無い人間の」

そんなものだろうか、あたしたちは。帰る場所がない、遠くまで行くしかない人間。そうかもしれないな。

「寒くなってきたね」。コナツは立ち上がる。「熱いおそばでも食べて、ホテルに戻ろう」 「もういいですか。何か見つかりましたか」「なにも。何も見つからないってことを見つけたから、もういいんだ」

何も見つからなかったけど、たくさんのことを感じた。だから、もう、いいんだ。

ふたりは手をつないで来た道を戻っていく。硫黄のニオイにも慣れた。ひとはどんなことにでも慣れちゃうもんだな。 いろんな経験をして、いろんなことに慣れて、しだいに何も感じなくなって、あたしはいつか、 どんなことが起きても動じない人間になれるのかな。ま、無理だろうけど。

「そば、うまいけど量的に足りねーかな」「すぐ夕飯の時間になるから。ねえ、さっきの歌、ホントに帰って来ないひとたちの 歌なの」「え。実はどっかの大学のボート部の歌だそうだから、あれ歌いながらレンシューして、終わったらみんなウチに帰った んでしょうね」「なにそれ。てめー。ホントにいーかげんな男だな」「あの場所ではそんな気分になったんですよ、マジで」 「あーあ、カンドーして損した」「ひでー言われよう」「あはは。ごめん。いい歌だったよ。あの歌を聞くために 恐山に来たんだなって思ったもん」「そこまでゆーとしらじらしいな」 「ばればれ。ね、なんかさ、あたし今夜酔っぱらいたい気分なんだ」 「ビールもらいますか」「いーや、ここじゃダメ。あたしだけ飲むんじゃつまんないよ、未成年者くん。 お酒買ってホテルに戻ろう」

ふたりは市内をさまよい、食事をし、酒を買い、またさまよい、道に迷った。 普段ふたりはコナツの部屋でしか会わないようにしている。 だからふたりで街を歩くだけで楽しい。これって日陰者の幸福かな、とコナツは思う。 あたしたちの不倫モノぶりもホンモノかあ。 気温がさらに下がってきたので、タクシーを拾ってホテルに帰ることにする。

「そーいえば恐山にイタコ、いませんでしたね」「イタコって年に2回ある大きなお祭りのときに恐山に来るんだって。 普段はいないんだと」 「え。そーなんだ」「えへん。事前にリサーチしたんだ。セトさんに電話しただけだけど。いろいろ教えてもらった。 で、明日は八戸に行くよ」 「ハチノヘ。なにがあるの」「なにかなー。ま、飲め」「コナツさんって酔うとピンクになるんだ、顔とか、首とか」 「なに。ヘン?」「いや、すっげーいろっぺーなって」「エロいかな。ひゃー、そんなこと言われたことないよ。 ずーっと男扱いされてきた人生だ」 「なんでまた。こんな美人が、その胸で、男扱い。ありえねー」「このムネはムダなものだぞお前には、って。 そう言われて育ってきたんだよー。ジュードー一直線で。ちきしょー。あたしの青春を返せー」 「あはは。コナツさんがあまりにセクシーなんで、俺、欲情してきました」 「なんだとキサマ、この手はなんだ。酒に失礼だろう。えっちしながら飲むなんて」

結局コナツは酒よりも性欲を選んだ。


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