キープ・オン・ムーヴィン その7 作:まりえしーる 発表日: 2005/10/25 10:00

「いっしょに行く、って、婚約者になんて言うの?ガッコは?」「なんとかなるでしょ」「そう」

コナツは少年の意向を受け入れることにした。こいつはあたしが考えてるよりずっと深いヤツだ。ぼーっとしてるようで実はオトナだから、なんとかなるんだろう、たぶん。それに、ひとりで行くより気が楽だし。男とふたりで旅行するなんて生まれて初めてだし。

それにしても、とコナツは思う。この少年のことも、あたしはホントはわかってないんだな。底が見えないってゆーか。優柔不断と懐の深さってのは外見が似ているらしい。少年はルールとか信念とかディシプリンみたいなものを隠し持っている。あたしはその固さだけを感じる。でも、それがどんなものなのかは未だによくわからない。ただ、少年といっしょにいると気が和らぐことだけは確か。恐山への旅が、さっきまでは使命感みたいなものに駆られたヒソーな決意だったのに、急に楽しみになってきちゃったな。やっぱいかなる場面でも、力みすぎってのはイカンね。

コナツはリラックスしたアタマでプランを練る。東京から下北半島への旅だ。さすがに日帰りは無理だろう。花屋には一週間休みもらってるけど、もう5日間休んでるから、ちょいとオーバーするかも。明日電話しておこう。クビになったらまた仕事探すさ。

「じゃあ一泊二日で行く。交通手段と宿は勝手に決めちゃうよ。それでいいの?」「おまかせします」「お金、大丈夫?」「んー。なんとかします。コナツさんは?」「実家で親や親戚たちがお金くれたんだ。なんでだかしらないけど。ビンボーが顔に出てたのかな」「あきれるぜ、まったく。この美貌でよくそんなことが言えるもんだ」「あははははは」

笑わせてくれて、ありがとう。笑うのひさしぶりだよ。

「じゃあ、さっそく明日手配する。できるだけ早く行く。もしかしたら明日の夜出発とか急なハナシになるよ。覚悟しといて」「了解です。いつでも好き勝手に呼び出してください」

こいつ、ホントに大丈夫なんだろうか。いっしょに旅行に行けるのはうれしい、うれしいんだけど。そもそもさあ、前から思ってたんだけど、こいつの婚約者ってホントにいるんだろうか。いるとして、何も疑ってないんだろうか。ま、いいや。今はそんな心配してられない。

「コナツさん、この一週間大変だったから体調崩さないように慎重に行きましょう」「ありがと。でも大丈夫。あたし、タフだからさ」「それは身に沁みてわかってるけど」「なんだと、こいつ。ひとをゴーケツみたいに言いやがって。あたしを毎回何度もKOしちゃうくせに」「うわ、はしたなっ。赤面しちゃう会話かも」「イヤなやつだなー。締め落としてやりたくなる」「なんかそれ、けっこううれしい」「サイテーな男だ、こいつ」「いて。いててててててててて。あーギブギブギブ、タップしてるって」

「あ。なんか息苦しいなと思ったら、あたし喪服のままだったよ。着替えよっと。ね、背中のファスナー下ろしてくれる?」「はいぃ?」「え。なんで焦るの。いっつも部屋に来るなり有無を言わさずにあたしを脱がせてるでしょうが」「人聞き悪っ。いや、なんつーか、その、このようなフォーマルなのは普段とイメージが違って。すげー新鮮なもんで」「なんだそりゃ」「ふう、よしっ、ケダモノになる心の準備ができました。いただきます」「あ。そんなつもりじゃ」「だめ?」「ううん、やめないで」

実家でこっそりピルを飲み続けててよかったな、とコナツは思った。


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