キープ・オン・ムーヴィン その3 作:まりえしーる 発表日: 2005/10/19 09:30

「コナツさん、なにボーっとしてるんですか」「あ、考え事してた」「どんな」「うん、来年の7月頃、あたしたちは何してんのかな、って」

「けっこー先のことだね」「来年の7月、大阪で下水道展ってのが開催されるんだ」「下水道展?」「うん。行ってみたいんだ、あたし。でもその頃自分がどんな生活してるのか、全然イメージできなくて」

「下水道かあ。今まで考えたこともないジャンルだな。コナツさん、世界が広がってくね。俺なんか明日のこともイメージできないや。あ、できた。もう帰って寝ないと明日遅刻する」

部屋でひとりきりになるとコナツはいつもと同じ感慨にふける。あたし、なにやってんだろ。はあ。

でも性欲が満たされたから気分はいいんだよね。それにしても、なあ、途中で何回も失神しちゃうのはフツーのことなのかな。はっと気付くとまだセックスの最中で、ああ、また失神してたのかと思う。今日も2回、いや3回かな?あった。あの目覚めがまた気持ちいいんだけど。フジノと寝てた頃はそんなこと全然なかったのにな。初体験は全然よくない、って聞くけど、あいつと初めて寝たときから毎回だもんな。感じすぎかな。オトコ好きなのかな。こんなあたしはインランでしょうか。

なーんてね、と思いながらコナツはコンビニに出かけることにした。腹減った。夕食忘れてたよ。

近所のコンビニには小学生が4,5人いた。最近は街で夜中までコドモを見かけるからヤだな。オトナの時間を作ってくれよ。ぎゃーぎゃーうるせーな。

なに食べよっかなー、とコナツが商品を眺めていると突然店内で悲鳴が起こった。店員が走っていく。その先には小学生のグループが。見るとコドモがひとり床に倒れている。

コナツは走り寄った。「なにがあったの?」。返事は無い。店員とコドモを押しのけ倒れている男の子の胸に手をあて心臓が動いていることを確認し、口を開いて舌が気道をふさいでいないことを視認する。「落ちてるだけ」と直感したコナツは、コドモの上体を起こし背後にまわる。そしてコドモの両肩を支えヒザで背骨を刺激した。「はぁ?」という感じでコドモは意識を取り戻した。まわりのコドモたちが安堵のため息をつく。

「なにやってたか言いなさい」。立ち上がり腰に手を当てたコナツはコドモたちを睥睨しながら尋ねる。ようやく小さな声が返ってくる。それは「失神ごっこ」と聞こえた。「なにそれ」

「誰かを、しゃがませて、いっぱい息吸わせて、それから立って背伸びさせて、オナカを…」

コナツはキレた。「お前ら、自分がどれだけ危ないことやってるのか知らないだろう。死ぬぞ。死ぬんだぞ。脳に行く血が止まると、ひとはカンタンに死ぬぞ。遊んでるつもりが殺人犯になっちまうんだぞ。ひとを殺しちゃったってことを一生考えながら生きていかなきゃならなくなるんだぞ。絶対に忘れられないからな。毎晩夢に出てくるぞ。今までは知らなかった、でも今知ったんだ。もうやるな。二度とやるな。他にやってるやつがいたら、絶対やめさせろ。わかったか」「……」「返事!」「…はい」「声、ちいさい!」「はい!」「もっかい!」「はい!」

コンビニの店員まで返事しているのを見てコナツは冷静さを取り戻した。「わかったらもう帰れ。終わりだ」

小学生たちは青い顔をして店を出て行った。蘇生術を知らないヤツに締め技を使う資格なんて無いってことを知ってくれ。さっきの失神ごっこは締め技じゃないけどさ。親は柔道くらい習っとけ。つーかコドモに習わせろ。あーあ。なんか後味悪い。カレーうどんでも買って帰ろう。

コナツは部屋でカレーうどんを食べながら獄中の夫に手紙を書く。しかし途中で便箋に黄色いシミをつけてしまい、なんだかめんどうになってやめた。明日書き直そうっと。

翌朝出勤のために家を出たコナツは「小隊長!」という叫び声を聞いた。見ると反対側の歩道にいるのは昨日の小学生たちだ。コナツが助けた男の子もいる。元気そうだ。でも、ショータイチョーってなに。「小隊長、おはようございます!」。あたしのことかよ。「ん。おはよう」

ヘンなことになったなと思いながら歩き出したコナツは「やっぱ、おっぱい小隊長はカッコいいな」という小学生たちの会話を背中で聞いた。なんとなく背の高い少年のことを思い出す。あいつも、あたしのこの胸が大好きだな。いつまでも離さない。連想は続く。おっぱいと失神。あたしがセックスの途中で何回も失神するのは「落ちグセ」がついちゃった、ってことかな。明日会って確認してみよう。

コナツはメールを打ちながら朝の道を歩いた。


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