キープ・オン・ムーヴィン その2 作:まりえしーる 発表日: 2005/10/18 09:30

偶然通りかかった花屋で目にした店員急募の貼り紙。入って店のオジさんと話したコナツは即決で採用され、翌日からフルタイムで働くことになった。世間の平日が休みってことになるけど、もともと土日はヒマで、お楽しみは平日の夜だからちょうどいい。

朝、開店前に店内から鉢植えの花を運び出して店の前に並べる。量が多くて大変だが、カラダを動かす仕事は楽しい。店長であるオジさんとそのムスメ、来たり来なかったりする大学生のバイト君が店のメンバーだ。とりあえずコナツはバイト君はいっしょに力仕事を担当する。花の知識は全然無いけど、これから勉強していこう。花はやっぱりキレイだし、植物好きの味方もいることだし。

店長とムスメのカエデさんが不在のときは、コナツとバイト君が接客しなければならない。キャリアがちょっとだけ長いバイト君は、コナツよりは商品知識がある、らしい。コナツにはバイト君の花の知識が正確なのかどうか判断できない。でもなんだかこいつは知ったかヤロウのような気がするなあ。しかし客から何か質問されたときはバイト君に頼るしかない。コナツは手の空いたときにケータイで気になる花を撮影し「これなに?」という写メを植物好きに送ったりするが、返事がすぐ来るとは限らない。授業中じゃあしょうがないか。

「コナツさんって、どんなタイプが好みですか」。ある日バイト君が聞いてきた。

「え。タイプ。なんだろ。地底人みたいなひと、かな」「なんすか、それ」「ごめん。何も思い浮かばなかった。たぶん好きになったひとが好きなタイプってことだよ」

「年下の男って、どーすか」「年下。キョーミ無い、かな」「年上のほうがいいっすか」「あー、どっちかって言えばそーかも」

バイト君の顔には落胆の色が浮かんでいた。「年上がやっぱいいんですかねえ」「バイト君って、いくつなの」「そろそろ名前覚えてくれませんかあ、カイトですよ、カイト」「これって日に当てていい花だっけ」「それはオッケーです。俺はジュークです。あ、いらっしゃいませー」

バイト君が入り口に向かって声をかけたので、コナツもそちらを見る。そして顔を輝かせる。「うわあ、来てくれたんだ、わざわざ」

客は背の高い少年だった。駆け寄るコナツに無表情で「ども」と言う。「まさかお店に来てくれるとは思わなかった。ガッコの帰り?」「はあ。あのー、赤いバラ、50本ください」「そんなに?オッケー。すぐそろえるね」「俺、自分でやりますよ。コナツさんにやらせるわけには」「なに言ってんの。おかしー。キミはお客。これはあたしの仕事だって」

コナツはバラの花束を作りながら少年に話しかける。「キレイなお店でしょ」「あー、でも」「なに、でもって」「花がかわいそーだ」「なんで」「コナツさんといっしょにいたら目立たねーから」「あはははは」

少年は居心地が悪いらしく微妙にそわそわしている。普段以上に不機嫌そうな顔してんのは花屋に入るのに抵抗感じてたんだろなー、とコナツは思う。かわいいや。以前この少年を強引に下着ショップに連れて行ったときのことを思い出す。あの時のまんまだな、こいつ。仕事が終わるまでいてほしいけど、長居させちゃ気の毒か。

「なんすか、今の」。少年が店を去った後、バイト君が色めき立ってコナツに尋ねる。「なに、って。トモダチ」「コーコーセーがバラ50本。おまけに、コナツさんがいると花がかすむ、ですかあ。なんだかな」

「あたしのトモダチを悪く言うのはやめてもらえるかな」「あ。そんなつもりじゃ。ただ、ちょっと、変わってんなって思って」「そーかな」「俺がコーコーセーの頃は、うー、考えられねーな。バラ50本にあんなセリフ。ありえねー」

あいつ、お金、大丈夫かな。コナツは急にそう思う。就職祝いのつもりなんだろうけど。ご飯抜いたりしてないだろうな。無理しちゃって。ありがとう。

「コナツさん、年下にはキョーミ無いって言ってましたよねえ」「言ったけど、それが何か」「あいつが来た時、すっげー嬉しそうでしたよ」「笑顔で接客。キホンでしょ。あ、お客さんだよ。いらっしゃいませー」

その日コナツは寄り道せずに帰宅した。部屋に入るとテーブルには真新しい花瓶に活けられた赤いバラが、ソファには熟睡している少年の姿が、あった。

コナツはソファにかがみ込み少年にキスをする。彼は目を閉じたまま、それに応える。コナツが唇を外すとようやく少年は瞳を見せた。

「おなかすいてるんじゃない?」「うん。でも、それよりもっと飢えてることがある」「なに」

少年は両手でコナツを捕らえた。「ちょ、ちょっと、シャワー浴びなきゃ」「こんな魅力的なひとを目の前にして待てるわけないでしょ」「あはは。じゃせめてベッドに行こうよ」

やっぱり一階の部屋にしてよかったな。コナツはベッドがきしむ音を聞きながらそう思った。


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