ジンクフィンガー その5 作:まりえしーる 発表日: 2005/12/05 10:00

「ホントにあの部屋で間違いないんだな」「ふぁい。この目で見ました」

カイエの住む部屋がよく見える場所に2台のクルマが停まっている。前のクルマの後部座席にはスエヨシとヒキタにはさまれたカホが。カホは目の焦点が定まっていない。薬物を注射され自白を強要されたせいだ。

スエヨシは後ろのクルマの部下に電話をする。「クルマ2台もいちゃあ目立ってしょうがない。俺たちは戻る。頼んだぞ」「わかりました。おまかせください」

スエヨシを乗せた車は走り去った。残った車には男が三人乗っている。運転担当者一名と拉致担当者二名。

「女をさらうなんてな。犯罪じゃん」「ふだんやってる犯罪とレベルが違いすぎだ。タヌキババアがつまんねーことしやがって。朝っぱらからユーカイなんかに駆り出される身にもなってみろってんだ。クスリの密売とはワケが違うぞ。凶悪犯罪者になっちまうんだから俺たちにも1億くらいよこしやがれ」「お。出てきたぞ」

アパート二階の角部屋のドアから若い女が現れた。リンコである。

「ひとりか。ひとりでいいんだっけ」「んー。けど、出てきちゃったもんは捕まえないわけにゃいかねーだろ」「そーだな。いくか」

クルマは静かに発進し、アパートから出てきたリンコの背後にのろのろと近づいていく。

リンコは眠気でぼおっとしている。睡眠時間が足りない。オハダが荒れちゃいそう。あたしがメイクしないのは肌のためだ。不精なわけでも理系だからでもないぞ。ああ、一ヶ月以上もノーメイクで大学に通ってるよー。これっていかがなものかな。あの研究ばかのカイエですら目はちゃんと描いてるってのに。あーあ。

リンコが自分と並んで動いているクルマの存在に気付いた瞬間、クルマから男が二人飛び出してきた。

「うが」。口を塞がれたリンコはカラダが宙に浮くのを感じる。うわ、荷物みたいにクルマの中に運搬されてるるよ、あたし。なんじゃこりゃ。

リンコは後部座席に男二人にはさまれるカタチで座らされた。

「さあ、おじょーちゃん、話してもらおうか」「ちょっと待って待って待って」「あ?」「待てよ。待てって待っとけよ」「おめー、さらわれたんだぞ」「だから待てって言ってんだろが。動くな動くな動くな」「なんだと?立場わかってんのか」「だからあ、待てって。待ってよ。コンタクト落ちたの。動くな動くな動かないで。ハナシはコンタクト見つけてから」「んだと」「こらあ。動くなタコ。動くなって。何回言わせんだよボケ」

男二人はリンコの勢いに押されて固まる。「そうそう、じっとしてて」「クルマの中で落としたのかよ」「そう、座った瞬間落ちた」

「あのー、どーしますか」と気弱そうな運転担当者が言う。「あー。とりあえず出せ。こっから離れよう。これ以上目立つわけにはいかない」「ほら動くなよ」「あ、はい」

リンコにカラダをまさぐられている男が胸ポケットからケータイを出そうとする。「動くなって言ってるだろが、ぼけ」「あ、すいません」「そっちのキミも。次に探索するんだから今のポーズ変えないでいてよ」「あ、はい」

リンコの捜索活動は、クルマがメッド・フェリシダージ社が間借りしているビルの地下駐車場に入っても続いていた。スピード抑制用の段差を乗り越えてクルマが揺れたとき、リンコの頬に貼り付いていたものが男のヒザの上に落ちる。「あったあ。ここだったか」「見つかったの?やれやれ」

ここまで来てしまってはしかたがない。男たちは結局リンコから何も聞き出すことなく彼女を社長室に連行することにした。

拉致された瞬間からリンコの中では危機意識が芽生えていた。こいつらは何者だろう。目的は何だ。やっぱり美人だからさらわれたのかな。服の上から触ったかぎりでは、こいつらはキケンなアイテムは携行してないみたい。ビルの場所も名前もしっかり見たぞ。あたしは今日カギ当番なのに遅刻だ。誘拐されてました、なんて言い訳が通用するわけがない。研究室でブーイングの嵐にあう予感。ちきしょー許せない、こいつら。復讐してやる。リンコは目に映るものすべてを脳に焼き付けておく決意をしていた。


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