ジンクフィンガー その3 作:まりえしーる 発表日: 2005/12/01 10:00

「ジミーな指輪」「プラチナ製マリッジ・リングってとこかな。ダイヤ入りの」

カイエとリンコはキャベツの中から現れた指輪を点検している。「カイエ、この指輪、内側に刻印がしてあるよ」「読んで」「あたし、さっきコンタクト外したから見えない」「じゃあ貸して」

カイエは指輪をキッチンシンク上の照明にかざして内側を見る。「1991.12.1 MtoS」と刻んである。

「1991年12月1日 むとぅす」「むとぅす?なにそれ。アッフリカン?」「大文字えむ、小文字てぃー、小文字おー、大文字えす」「えむ・とぅー・えす、だよ」「なにそれ」「MさんからSさんへ、ってメッセージ。マリッジ・リングの刻印じゃ定番、てゆーかフツーすぎ」「そーなの。リンコくわしいね」「だってあたしオヨメに行くもん。ブライダルのジョーシキくらい押さえてますわよ、カイエなんかと違って」「この指輪、サイズから考えて男物だよね。てことはSさんがシンロー、Mさんがシンプってチェインか」「チェイン。こんな単純な刻印見て蛋白質の構造モチーフとか連想するのか。専門バカの理系女はイタイなー。あーやだやだ」「そんなとこスルーできずに突っ込んじゃうリンコも純度高いよ。キミ、結婚はムリだよ。もうあきらめたら」「ハタチになったばっかなのに結婚あきらめろ、ってなにそれ。あたしが理系女だから?」「ううん、ほとんどの理系女は結婚してるよ。あたしもいつかするし。リンコはリンコだからムリなんだって」「そーかな。やっぱ、そーなのかな」「うわ。泣くなよ、こんなとこで」「研究する。あたし、研究するよ、明日から今まで以上に必死にやる。研究だけだよ、あたしの愛にこたえてくれるのは」「おいおい」

「それにしてもハラへった」「いけない、ホイコーロ作らなきゃ」。カイエは指輪をリンコに渡し料理を再開する。「それ、どーしたもんだろ」「研究室に持ってって成分分析しようか」「なんの役に立つのよ」「じゃあスーパーに届ければ」「交番とどっちがいいかな」「どっちにいいオトコがいるかによる」「オトコなんてゴミばっかだよー」

「おー、このキャベツおいしいね。相変わらずナゾだわ、カイエの実験炉は」。二人は深夜の食事を始めた。「炉。電子レンジって呼んでくれないかな」「料理は愛情だ、っていうテーゼの危機だよ。このうまさは」「料理は化学だって。それ以上でも以下でもないって」「この味ならオトコの胃袋を捕まえられるよ、カイエ。ただしビーカーを見られなければ」「料理で捕まるようなオトコはゴミだよ」「カイエはオトコ嫌いだよねー」「ゴミが嫌いなだけ」「ゴミしかいないんだよ。ゴミの中から選別するしかないんだって」「リンコ、覚悟ができてるんだねー」「あたし自身がゴミだから、ね。カイエも」「失礼だなあ。その肉かえせ」

二人はあっという間にホイコーロと1.5合のコメと味噌汁をたいらげ、眠る態勢に入った。

「あ、あたし明日カギ当番だ。早く行かなきゃ。カイエ、目覚ましセットしてもいい?」「どーぞ。あたしはゆっくりめに出るわ。スーパーにも寄らなきゃ」「スーパーにしたんだ」「うん。キャベツを収穫したひとの指輪が混入したのではないかな、と。だったらスーパーのほうがいいかなって。今ネットで野菜の生産者を追っかけられるんでしょ」「ええー。なさそうだなあ、それ。苛酷な労働で衰弱し指が痩せ細って指輪がポロリ、しかもキャベツの内部に、なんて。それよか、ねえ、キャベツもう一個くれるかもよ。オタクじゃこんなの入ったキャベツ売ってるのかあ、奥歯折れちまったぞ、ってわめけば。ねえ。ねえってば。あ、もう寝てるのか。冷たい女だよなあ、カイエは。これだから理系女ってヤだよ」

リンコは舌打ちしながら寝返りを打ち、すぐにイビキをかきはじめた。


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