ジンクフィンガー その2 作:まりえしーる 発表日: 2005/11/30 12:00

女は深夜の街を歩いていた。20代後半。夜なのに濃い色のサングラスをかけている。足取りが早い。終夜営業のスーパーの前にさしかかったとき、前方から3人の男が歩いてくるのに気付いて女は息を飲む。男たちの顔は暗くて判別できない。しかしシルエットに見覚えがあるような気がする。いっぽうスーパーの照明を浴びている自分の姿は男たちに丸見えになっているに違いない。一瞬の躊躇の後、女はスーパーの中に入り、商品が陳列された棚の影から通りを窺う。するとコートを着た男三人が店に入ろうとしているのが見えた。

女は慌てて店の奥に進む。深夜のせいか客はほとんどいないことを知って女は後悔する。暗い路地に隠れるべきだったか。もうひとつの出入り口を探すが見つからない。野菜売り場にさしかかったとき、「こっちだ」「そっちか」という男たちの声が聞こえた。女は狼狽した様子でポケットから何かを取り出す。棚の上に無造作に並べられたキャベツの中から右奥に置かれたひとつを選び、その中に取り出したものを押し込む。そして他の売り場へ移動する。

すると陳列棚3つ隔てた売り場で三人組がカップラーメンを物色している光景が見えた。三人とも知らない顔。思い過ごしだったか。女は野菜売り場に戻る。しかし右奥のキャベツが、女が何かを隠したキャベツが消えている。しまった。

あのキャベツを選ぶ客がいるとは。よりによって。周囲を見渡すがキャベツを持った客などいない。女はレジに走った。レジは3つあるが深夜のせいか稼動しているのはひとつだけだ。そこに並ぶ数人の客たち。女は客たちの買い物カゴの中身を見渡す。酒とツマミ、惣菜、果物、生理用品とチョコレート。キャベツは無い。どこだ。

レジを出た先にカゴから買い物をレジ袋に詰めている女二人組がいる。二人とも学生だろうか。若い。女は急ぎ足でそちらに向かう。二人組は並んで店を出て行く。その片方が提げたレジ袋には丸みを帯びたふくらみが。あった。

女は二人組の後をつける。あの娘たち、今からキャベツを料理する気だろうか。こんな時間なのに。いや、昼夜が逆転している人間なんて星の数ほどいる。ふたりはあれをすぐ見つけるだろう。どうしよう。今声をかけるべきか。でも、なんて言えばいいんだろう。キャベツの中に落し物をしたみたい、ちょっと見せて。狂ってると思われることは間違いない。

女二人組は二階建てのアパートに入っていく。女は立ち止まり、二人が階段を昇り角部屋のドアを開ける姿を見る。あの二人はどうするだろう、キャベツの中のあれを見つけたら。交番に届けたりするだろうか。

その前に取り戻すしかない。でも何て言えば。いや、小細工なんて考えてる場合じゃない。行こう。

女が腹を決め顔を上げたその時、「ワタヌキさん、こんなところにいらしたんですか」と後ろから声をかけられる。凍りつく女の背筋。「ずいぶん探しましたよ」。女は左右から伸びてきた4本の腕が自分の両腕に巻きつくのを感じる。

「社長がお待ちです。さあ行きましょう」


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