血戦の場 作:まりえしーる 発表日: 2005/10/06 09:00

あれから3回リーダーを尾行した。そしてリーダーが赤い車に乗り込むのを3回見た。もう間違いない。間違えようがない。カゲミは沈んだ目で考えている。決行は今日か。今日だ。

「リーダー、用事があるんで帰る」

カゲミはそう背の高い男に告げると返事も聞かずに化学実験室を出た。ポケットの中のナイフを握り締めて歩く。あたしにはこいつがある。あたしのスピリットが。

あの女を潰した後のことがまったく考えられない。殺しちまったらどう逃げるかとか、考えなきゃいけないことがたくさんあるのに。なぜだ。結果がイメージできないからだろうか。それはつまり、勝てる気がしないってことなんだろうか。

そんなはずはない。考えられないのはアタマに血が昇ってるからだ。あんな女、なんてことはない。スポーツとケンカは別物だ。ナイフをさらに強く握る。カロリービルの裏口が見える路地に着くと、カゲミは目を閉じ深呼吸した。そして待った。

5分程したころ、エンジン音が近づいてきて、消えた。ビルの谷間から滑り出たカゲミは、停車している赤い車に素早く近づき運転席のガラスをノックする。パワーウィンドウが下がり、中から顔を出したショートカットの女が言う。「あ、確かヒカワくんと同じ化学部のひとだね。どーしたの?」

「リーダーは、あんたの待ってる男は、あと10分は来ない。その間にあんたとハナシがしたいんだ。このビルの地下までつきあってもらう」、カゲミはそう言ってショートカットの女が車を降りるのを待つ。「ここ、駐禁なんだけどな」「じゃあオマジナイをやる」。カゲミはバッグから警察の機関紙を取り出しダッシュボードに置く。「こいつが見えればケーサツは何もしないよ」「へえ。そうなんだ」。マジナイの効果なんて知るもんか。どうせあんたは当分このクルマに乗れなくなるんだよ。

女は笑みを浮かべながら降りてくる。余裕を感じさせる動作だ。ムカつく。こいつのすべてがムカつく。「じゃあ行こう」。カゲミは先に立ってカロリービルの地下に降りていく。そこは駐車場だ。すべての出入り口から死角になる場所まで行って立ち止まる。

「用件はわかってんだろ」「なんのこと?」「とぼけんなよ。あんたはリーダーを、婚約者のいる男を、たらしこんでる。あたしはリーダーにもリーダーの婚約者にも恩義がある。だからあたしは今からあんたを潰す。以上」

「あはは。ウソ、でしょ」「なんだと。なにがウソだ」「全部」

リーダーはこいつには婚約者がいることを隠してるのか。あたしには最初から言ったくせに。いや、そんなはずはない。くそっ、この女。

カゲミはキレた。「いつまでもしらばっくれてんじゃねーよ」

「ふふふ。しらばっくれてるのはそっちのほうだろ、って言ってるんだよ、あたしは」「ああ?」「キミはヒカワくんと婚約者のためにあたしを潰すって言った。ウソだ。ばからし。キミはヒカワくんが好きなんでしょ。でも手が届かない。手が届かないくせに、彼には婚約者がいるから自分はガマンしてるだけだって自分に言い訳してる。そんなふうにキミがウジウジしてるところへ、あたしが現れて簡単にヒカワくんを自分のモノにした、それが許せないんだ。そうでしょ。キミには何も無い。あたしは全部取った。そのことを認めるのがヤなだけだ。自分にウソついてるだろ」

カゲミの形相が変わった。「絶対に許さない。あんたはかなり自信があるようだな。だけどあんたが強いのはルールのあるスポーツの中だけだ。ルールの外ではどんなことが待ってるか教えてやるよ」。声が怒りで震えている。カゲミはポケットからナイフを出す。鋭い刃が駐車場の照明を受け光彩を放つ。

カゲミは舌なめずりをする。切り刻んでやる。たっぷり後悔させてやる。リーダーがくれたこいつで。

女はナイフに反応しない。恐怖心てのが欠落したただのバカか。それとも本物の自信なのか。それにしても、こいつ、こんな顔だったっけ、とカゲミは思う。駐車場の照明がわずかに照度を下げたような気がする。空気が濃密になり、女の周囲にモヤのようなものが立ち込めてきた気がする。

「ふっ」。ショートカットの女が鼻で笑う。「飼い主に噛み付こうとしてるんだってことも知らずに」。そう言った女の目が妖しい光を放ち始める。

なに。なんなんだ、こいつは。さっきまでと迫力が全然違う。ここまで底が見えない敵に出会ったのは初めてだ。カゲミは自分が気圧されていることに気付き舌打ちした。


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