ひとのかたち 作:まりえしーる 発表日: 2005/10/04 10:00

「リーダー、ガレキって知ってるか」「フィギュアのマニアックなやつか」「知ってんだ。深い穴掘ってんだな」「んなの一般常識のたぐいだろ」「民間人は知らねーだろフツー」「知ってるだろフツー」「ま、いいや。で、さ」「なに」

「『ひとみしりカルナバル』のガレキがあるって聞いて」「はぁ?少女マンガのフィギュア。考えにくいな」「どんなのなら考えやすいんだ」「美少女。巨乳。メガネ・アーンド・ニーソで萌え萌えなロリっ子がメカに乗ってる、みたいな」「そーゆーのが好みか」「いや、知識として知ってるってだけ。俺の好みとかそーゆーことじゃねーよ」「ニーソってなに。あ、ニーソックスか。ええー。あとはメガネかよ。ちがうな、メガネなー!とか言えばいいのか」「なにそれ」「そーゆー世界のセリフのイメージだよ、イメージ」「で、キャロットみきのフィギュアがどーしたって」

「キャロットみき先生、と言え。先生と。あーいかん。ま、ともかく数量限定でフィギュアが出てたんだってさ、かつて。ネットで画像見たらけっこー凄くて」「凄いんだ」「なんか欲しくなってさ」「おめーが。フィギュアを。ぷ」「一生笑って暮らせよ。リーダーも見れば驚くって」「そーかな」「で、今じゃ当然完売在庫無し。でもゲンブツを拝みたくってあれこれ検索してたら、この街に名の通ったコレクターがいて」「コレクタがいるヲタ?」「なんだよそれ。やっぱ接尾語はそれなのか、あのワールドは。で、そのコレクター、どーも製造にも関わってるひとらしいんだけど、ま、そんなこたあどーでもいい。あたしはゲンブツが見たかった。だからロクサンカフェって店に行った」「63?あー、あそこか。行ったのかよ、あんなとこ」「なに、あんなとこって」「悪い思い出がある。それだけ。で?」

「店にいろんなフィギュア飾ってあった。ガラスケースの中に並べてあって。で、茶色のお湯520円なりなど注文して眺めてたら、そこにあったのさ。リサーチどおり」「よかったか」「うん。ゲンブツは写真以上だった。で、ウィンドウに鼻のアブラ付けながらずーっと見てたら、店のマスターみたいなひとに声かけられた」「ケース汚すなってか」

「ううん。キミ、キャロットみき先生のファン?って。先生つきで呼んだから、デキるやつだ、って思って」「いや、それはデキるってんじゃないような」「うん、一応、って答えた。それから、売ってくれねーか、これって」「コレクターは売らねーだろ」「マスターは、一応程度のファンじゃちょっと弱いヲタ、とか言うんで、さっきのは照れ隠しで、ホントは熱狂的なファンだ、サインを家宝にしてる、とか白状した。さすがに自宅に行って化粧された、とかは言わなかったけど」「そしたら?」

「んーぱにぽにぽてまよとか意味不明のこと言いながら考え込みだして。あたしもヒマじゃなかったもんで、また来るから考えといてって。そんで日を改めてまた行くことになった」「おめー結構執念深いんだ。ナイフ以外にも執着することがあるんだ」「いーだろ。あたしは多趣味な人間なんだよ。リーダーも最低10コは趣味持ってないと定年退職してからつらいってよ。女以外に好きなものないだろ」「侮辱したな。俺は女はそれほど好きじゃねーぞ」「女より好きなものあるのか。言えるもんなら言ってみろ」「ぐ。じゃあ、つづきを聞こーか」「逃げるのか、どすけべの負け犬が。で、知ってのとおり、2度目の訪問の前にこのケガしちまって。やっと昨日ホータイ姿でロクサンカフェに行ったんだ。そしたら」「そしたら」

「このガレキ、キミにあげるよって、マスターが」「はぁ?」「だろ?ヘンじゃん。なんで?って聞いたら、そのかわりに、って」「きたな」「ああ、あたしも来たぞって思った。交換条件は何?って聞いたら、写真撮らせてくれって」「ぬ、ヌードを。なんてこった。ヲタに。撮らせたのか。うわあ。なんて軽はずみな」「何先走って下着濡らしてんだよ、ばか。制服でホータイ巻いてる、今のまんまを撮らせてくれって」「オッケーしたのか」「ブツに目がくらんで」「へえー」「で、そもそも客がいない店なんで、その場でフィルム一本分」

「どんな使われ方すんのか考えなかったのか」「商売とネットにアップするのはダメ、と一筆書かせた」「いや、まーそれも大事なことなんだけど」「で、こいつがそれだ」

カゲミはバッグから頑丈そうなハコを取り出した。中身は確かに凄い作品だった。紙の上に描かれたキャラを、なんでこんなふうに立体化できるんだろ。もしかして作者以上にキャラのことを知ってるんじゃないか、これ作ったひと。エメさんがロクに考えてもいない主人公の家の間取りとかまでわかってるんだろう、たぶん。

「で、リーダー、本題はここからなんだけど」「なに」「きゃ、キャロットみき先生の、さっ、サインを、この足場みたいな台の、ここんとこに」「書いてほしいのか。はぁー。お前の情熱にはアタマが下がる。チャカしてーけど、おめーのひたむきさには、また負けた。笑っちゃいけねー大切なことなんだな。わかった。連絡つけてやる」「リーダー、ありがとう。恩に着るよ」「そのかわり」「交換条件か。わかった。あたしを一晩中好きにしていいよ」「そんなおおごとじゃなくて」「なに」「その写真一枚くれ」「おめーもかよ」

数日後、例のカフェのオーナーが「ホータイ少女」という新作フィギュアの予約受付を開始していた。完成品のイメージ画像は、もちろんぐしゃぐしゃアタマの女子高生だった。


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