ヘッド・トゥ・ヘッド 作:まりえしーる 発表日: 2005/09/27 13:30

遅刻してきたカゲミが頭にホータイを巻いてるのを見て俺はショックを受けた。カゲミのケガを心配して心がざわめいている自分自身にもショックを受けたんだけど。

俺がこんなに心配しちまうのは、昨日ヤなカンジの別れ方をしたせいもある。あの後何が起こったんだろう。ガマンできずに休み時間にカゲミの席に行った。教室の中でこいつと会話するのは初めてだ。当然クラスの連中も「あれ?」ってカンジで注目してるが、今や俺たちふたりが化学部の部長副部長だってことは周知の事実だから、それほど不自然には思われないだろう。

「何があった」「別に」「なわけねーだろ」。カゲミは目を伏せる。「ほっとけよ」

放課後まで待て、というサインだと俺は解釈して引き下がることにした。

俺はいつも以上に上の空で授業を受け、時間が通り過ぎていくのを待った。

放課後になりカゲミが白衣を取り出すのを見て、俺も帰り支度を始める。俺たちはバラバラに教室を出た。化学実験室に向かう廊下で合流して声をかける。「ひでーケガなのか」「たいしたことない」「医者行ったのか」「今朝、一応。ホータイは大げさ過ぎなんだ」「驚いたぜ」「保護者みたいだな」「かまい過ぎか。うざかったらやめる」「うざい」「そっか。わかった」「うそ」「あ?」「やっぱうざい」「じゃあ二度と心配してやらねー」「うそ」「おめーな」「あはは」「ばーか」

カゲミの肩でも抱いてやりたいとこだが、ここはガッコだ。ガマンしよう。その時柔道着姿の、明らかに高校生じゃない女性が廊下の角から出てきた。どっかで見た顔だな。あ。

「わ。ヒカワくん。そーかここの生徒だったんだね」「ども。えーと」「コナツ。忘れっぽいね」。カゲミが俺をヒジで突付き「誰?」というメッセージをアバラに伝えてくる。「同じアパートのひとだ。で、なんでまた」「女子柔道部のコーチを頼まれちゃって。短期のバイトで来ることになったの。知ってる顔を見るとほっとするね。イマドキのコーコーセーってわかんないから」「そーすか」「体育館ってどっちかな」「同じ方向だし、案内しますよ」

昨日エリカさんの口から、かつて俺がコナツさんに下着の買い物を付き合わされた現場を目撃していたことを聞かされて驚いたばかりだ。どういう偶然なんだろう。コナツさんはあの時の印象とかなり違う。柔道着のせいだけじゃなくて、なんだろう、あのときのどこか思いつめたような、張り詰めたカンジが失せている。憑物が落ちた、ってこーゆーことなんだろうか。

「ヒカワくん、最近アパートで見ないね」「そーですね」「もう引っ越したのかなって思った」「時間帯がズレたんでしょ」「そうなのかな」

俺とコナツさんの会話をカゲミが注意深く聞いているのを感じる。こいつが他人事に関心を持つことがあるとは意外だ。ケガで性格が変わってたりして。

「あれですよ、体育館」「あ。ホントだ。ありがと、ヒカワくん。じゃ暴れてくる。またね」。コナツさんは両手首をまわしながら去って行った。

「リーダー、あのひとの胸、あんな胸でジュードーができると思うか」「はぁ?」「ありゃあハンパな邪魔さ加減じゃないだろ」「お前、何見てたんだ」「リーダーは見なかったのか」「そーいやデカかったかな」「リーダーの嗜好がわかってきた気がする」「なんだそりゃ」「ちょっとだけ気分がよくなった」「わけわかんねー。ついでだから柔道の練習、眺めていくか」

白衣の俺たちが体育館の隅に立っているのは趣のある光景かもしれない。そんなことはともかく、コナツさんの動きを見て俺たちは感銘を受けた。凄いバネだ。「すげーな」と隣に声をかけようとした俺は、カゲミの集中の仕方が妙なことが気になりコトバを飲み込む。何かを考えながらコナツさんの動きを目で追っている。対戦相手を分析する目のような気がする。いつ戦うって言うんだろう。なんなんだ、こいつは。アタマのケガってケンカで負ったのかも。

その時カゲミのケータイが鳴った。あわててメールを読んだカゲミは「急用ができた。帰る。リーダー、今日のベンキョー会のノート、明日見せて。頼む」と言って帰ってしまう。とはいえ本来カゲミのための勉強会だ。やつがいなけりゃノジマ先生は妙な手品を始めるのがオチだろうな。カゲミに頼まれた以上はちゃんと出るけどさ、などと考えながら俺も体育館を後にした。

化学部の活動は予想通りの展開だった。新入部員たちはノジマ先生のパフォーマンスで喜んでいたけど。ま、この連中の相手はセンセの担当だ。俺とカゲミは悪の幹部だからな。

俺は悪の幹部らしくひとりでガッコを出る。「ヒカワくん、送るよ」。校門近くに駐車してあった赤い軽自動車からTシャツ姿のコナツさんが顔を出していた。「クルマ買ったからさ。誰かに見せたいサカリなんだよ。ワガママにガマンしてつきあって」

ま、いいか。ちょうどアパートにCDを取りに行く予定だったし。俺はナビシートに座った。コナツさんはスムースに発進する。「シャワー浴びてないんだ。汗臭くてごめんね」「全然わかんねーけど」「やさしいね。現役の頃は平気だったんだけどさ、なんか、みんなとシャワー浴びるの気が進まなくなっちゃって。前は女の子はみんなサルで、きゃあきゃあ言いながらハダカで遊んでられたんだけど、女にもサルじゃないひとがいるって知っっちゃたら、ちょっとね」

何のハナシだか、俺にはわからない。たぶん俺が口をはさむようなことじゃないだろう。

「コナツさん、印象変わりましたね」「そう?そうかな?実は結婚したんだ」「え。おめでとうございます。じゃああのアパートには」「今もあそこだよ、兄と。ダンナは離れたところにいるの」

これも俺からあれこれ質問することじゃない、と判断して俺は黙る。

「ヒカワくんにはルールを感じるな、いつも。話すの2回目だけど」「ルール」「うん。ディシプリンってゆーか。心地いいんだ。けど、反面ひっかいてみたいような」「なんのことだかわからない」「ひとりごとだからスルーして。あ、いけない」

コナツさんは大事なことを思い出したようだ。「あたしの部屋、お風呂壊れてるんだ。修理のひと来るの明日なんだよ。困ったな」「はあ。俺の、使いますか」「それはダメ。男の子の部屋に入るなんて。誰がどこで見ているか」「そーすか」「よしっ、寄り道させてね」

コナツさんは急に左折し、クルマは長い縦長のビニールのスダレをくぐった。はぁ?

「よしよし空室あり。あそこに入る」「もしかして、ここって」「モーテル。シャワー浴びるだけだから。シャワー浴びさせて、お願いだから」「はあ」

そんな展開で俺は丸いベッドに寝そべって天井を眺めるハメになった。コナツさんの浴びるシャワーの音が聞こえる。水の音が眠気を誘うのは何故だろう。

重さを感じて目を覚まして俺は驚いた。ハダカのコナツさんが俺に腕を巻きつけている。「ぅあ。ど、どーしたんですか」「ヒカワくん。お願い。セックスを教えて」「はぁ?」「あたし、結婚したんだけど、獄中結婚なんだ。面会に行くだけで。一緒になれるのは何年先になるか。でもいつかその時が来る。その時が来ても、あたし男のひととどうすればいいかわからない。男のひととは寝たことが無いから。だけど何年も閉じ込められてたひとを思いっきり喜ばせたいの。幸せにしてあげたいの。だましてごめん。でも他にチャンスが無いのよ、あたしには」

そんな理不尽なことを口走りながらコナツさんは俺の首や顔にキスしてくる。「俺にも事情ってもんが」「だからごめんって言ってるじゃない」とコナツさんは俺の右手を自分の胸に誘導する。あ、これか。カゲミが感嘆していた胸は。たしかに。

結局俺たちは部屋に用意されていた避妊具の数をオーバーする時間を過ごしてしまい、コナツさんは延長料金を支払うことになった。俺が空虚さを感じて普段以上に寡黙なのに対し、コナツさんのカラダは得体の知れないパワーが充満しているようだった。


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