血の晩餐 作:まりえしーる 発表日: 2005/09/24 09:30

ごんっ。

虚脱飯店の裏口に通じる細くて暗い路地でカゲミは後頭部に衝撃を受け地面に倒れた。やられた。油断してた。

化学部のあれやこれやでカゲミは気分が沈んでいた。資格を取るのに利用するだけの化学部、それがなんだよ。利用されてたのはあたしらだったのか。あんなにぞろぞろ入ってくるなんて。あーあ。がっかりだ。でもさ、ホントはそんなのどーでもいい。化学部なんてどーでもいい。どーでもいいっていいながら、なにがあたしは不満なんだろう。

そうなんだ。結局あたしはリーダーとふたりきりになれる時間を奪われたことでむしゃくしゃしてるんだ。

情けねーな。男のことでこんなにキモチが下降しちまうなんて。あーあ、自分がイヤになる。あたしはスネてるんだ。あたしがスネてることをリーダーが気付かないんで、またさらにスネて、とげとげしく当たっちまった。あたしはこんなにガキだったのか。こんなくだらないことでへこんでる自分が情けない。

そんな考えに没頭していてカゲミは周囲への注意を怠った。そこを襲撃されたのだ。

首筋に生暖かいものが流れているのを感じる。打撃の直前に殺気を感じて反射的に首をすくめたので致命傷にはならなかったようだがダメージは大きい。第二弾はまだ来ない。ラッキーだ。地面からゆっくり上げた視線の先に少女がバットを持って立っている。誰だ、こいつ。

「お姉ちゃんの、お姉ちゃんのカタキだ」。震えた声で少女が言う。

お姉ちゃん。誰のことだろう。

「あんたら、クラブ乗っ取って、お姉ちゃんをあんな目に会わせて。何ヶ月も前から下見して、ワナにかけやがって、汚い、汚いよ、あんたらは」

クラブ。乗っ取った。なんだっけ。そっか。この街の、あのクラブのことか。下見。したなあ。シロートがヌルいドラッグ売ってました、シロートたちです、すぐ一掃できます、あの店は足場になります、社長。事務所を今の場所に移す前かあ。ムカシだな。何度も下見したっけ。この街にも来たな。そーか。このガキはあのドラッグ売りの女の妹か。でもなんで今頃。へんなの。カゲミはぼんやりした記憶をもてあそびながら、少女に気付かれないように全身をチェックする。両手は、よし、動く。足は、まだ自由にならないかもしれない。もう少し。足の感覚さえ戻れば、こんなコドモ、素手で充分だ。始末してやる。あたしを殴ったんだ。絶対殺す。

少女がバットを振りかざす。しょーがねーな。この足で戦うしかないよーだ。殺す。

その時、カゲミの視界の外からゴミ用の特大ポリバケツがもの凄いスピードで飛来し、少女の顔を直撃する。少女はクルマにはねられたかのように吹っ飛んだ。カゲミは驚き、バケツが飛んできた方向を見る。ダークスーツを着た中年男が歩いてくる。

「社長」「カゲミ。遅刻だぞ。待ち合わせに遅れたのに連絡してこないから様子を見に来た。今すぐ説教したいとこだが、やむをえない事情があったみたいだな」。そういいながら男は少女のアバラを何度も蹴りつけている。少女が両腕でアバラをかばうと、男は少女の鼻を蹴り潰す。「腹減ったな。お前もだろ。立てるか。メシにしよう」。男は少女の胃を思い切り蹴る。そして動かなくなった少女の足首をつかむ。

「こいつも招待してやろう」。男は少女を引き摺って歩きだす。カゲミは立ち上がる。ヒザが少し震えるが、もう大丈夫だ。

「社長。申し訳ありません。油断しました。こんなコドモにチャンスを与えてしまいました」「カゲミ。二度とお前の血を俺に見せないでくれ。お前が地べたに転がってるとこなんかもう見たくない」「ごめんなさい。二度とこんな姿は」「こんなことがまた起きるんなら、もう事務所の仕事はさせんぞ。箱入りムスメにしちまうぞ」「それだけは。許してください。働かせてください。社長のために働かせてください」「なんでお前は、こんな、俺なんかのために」「社長、お願いです」

ふたりは顔をくしゃくしゃにして泣きながら虚脱飯店の裏口に入っていった。


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