化学の子ら 作:まりえしーる 発表日: 2005/09/21 13:30

化学実験室には20名ほどの生徒が集まっている。男女比はほぼ1:1。壁際に立った俺とノジマ先生の横からカゲミが歩き出し教壇に立つ。

チョークで黒板に「副部長あいさつ」とヘンな字体で書いてから生徒たちのほうへ振り返ったカゲミは、ポケットの中から折りたたんだ紙を取り出す。スピーチ用の原稿か、と誰もが思ったその時、カゲミは紙をぐしゃぐしゃと丸める。そして右の手のひらに丸めた紙を乗せ、みんなの方へ差し出す。

ぼっ。

突然紙が発火し、煙ととともにカゲミの手の上から消えた。生徒たちがどよめく。そして沈黙。

「ケミストリー」

カゲミはそう言って教壇を降りる。生徒たちからは大きな拍手が起きた。

俺は舌を軽く噛んで必死に笑いをこらえた。ばっかくせえ。でもカゲミの努力は俺とは比べ物にならないけどね。

数日前のことだ。危険物取扱者試験の勉強会に現れたノジマ先生が興奮した口調で言い出した。「ヒカワ、ヒャクデンパタ、お前たちは凄い。期待以上だ」「はぁ?」

「いやあ化学部への入部志願者が殺到しちゃっててさ。お前らをスカウトした自分の眼力が空恐ろしくなるよ。チャラい女子たちとヲタ、じゃなかった、えーっと、純粋培養されたみたいな理系の精鋭男子たちが集まったよー」

「なにそれ」「お前らのファンが化学部に入りたいって言ってんだよ」「はぁ」「やっぱ白衣が効いたなー。お前らが白衣着て校内フラフラしてくれたもんでウワサになったんだよ。お前らは最高の広告塔だ」

いくら廃部の危機に瀕した化学部とはいえ、顧問がこんなこと考えてていいんだろうか。

「つきましては、新人歓迎の説明会を開催する」「はぁ?」「いやあ、文化祭の発表もなんとかなりそーだな。よーしモノはついでだ、全員で危険物取扱者の資格取っちゃおう」

そんないきさつで俺たちは化学部の説明会を開き、カゲミがバカ手品をやらされたってわけ。

後はノジマ先生があーだこーだしゃべりまくって、実はけっこう盛り上がった。俺とカゲミは終止ふてくされた顔をしてたけどさ。

実際一ヵ月後に、ノジマ先生は部員全員が危険物取扱者乙種の資格取得者という目標を達成してしまうことになる。まだ先のことだが。

「いやー説明会は大成功だったなー。お前らの悪の幹部ぶりもいい味出してたし」「悪の幹部、かい」「やっぱお前たちは化学に愛されてるんだよ。化学の子、だな」「相変わらず意味わかんねーや」

「な、お前らマジメに化学やらないか。ノーベル賞とか取って歴史に名を刻みたくないか」「リーダー、そろそろ帰っか」「ああ」

俺とカゲミはさっさとガッコを出た。

「リーダー、メシは」「エリカさんと食う」「そっか」「おめーは」「男と食う」「え。カレシ?できたか」「へっ。育ての親」「そっか。新入部員のオトコたちって、要はお前にラブレター書いてた連中なのかな」「知らね。リーダーは女子食い放題か」

「俺たちって今、険悪なフンイキなのかな」「決まってんだろ」「そっか」「なんでかわかってるのか」「さあな」

「あたしは虚脱飯店に行くんだ。だからここで」「そっか。じゃな」「ああ」

1秒後のことさえ予測できない凡人の俺たちは交差点でそれぞれの道へと別れた。通りのあちこちで白やピンクのフヨウがいっぱい咲いてた。


前へ 目次 次へ
inserted by FC2 system