地下水脈 作:まりえしーる 発表日: 2005/09/20 15:00

アウラは地下への階段を降りていく。今日のDJは誰だっけ。ドアを開けるとラテンっぽい曲の音圧が迫ってくる。ああ、あいつか。つまんないの。平日の夜ということもあってか店内はそれほど混んでいない。

「アウラ。ヘンなのが来てるよ」。店のスタッフから声をかけられる。「ヘンなのって?」「家出ムスメ、ってヤツ?クロークにでっけーバッグ預けてさ。16くらいの女ひとり」「サンキュ」

家出ムスメは金持ってるんだよね。家出た直後ならば。所持金使い果たせばただのホームレスだ。ショーバイは早い者勝ちだ。

アウラはその娘を探すために下のフロアへ降りていく。このDJはラテンナンバーをつなぎすぎだ。もう飽きたよ。ドリンクバーに寄ってレッドアイをオーダーする。カウンターにもたれて店内を眺める。えーと、女、女のひとりぼっちは、と。ぐしゃぐしゃの頭をした少女が壁に寄りかかっている。こいつじゃないな。妙な凄みがあって家出ムスメとは程遠い。アウラは視線を移動させ、女子トイレから見慣れない顔が出てくるのを見つける。

あー、このコのことかな。エコロジーのひとみたいだね。

トイレから出てきた娘はフロアで踊っている連中の間をすり抜け、壁際のシートに座る。連れはいなさそうだ。まっすぐな髪、白いTシャツ、ストレートのジーンズ。こんなとこよりマクロビオテックの店とかで有機野菜でも食ってりゃよかったのにね。アウラはドリンクを受け取り、その娘に近づく。

娘のTシャツにはクマの絵がプリントされている。似合いすぎだよ、スローライフちゃん。アウラは彼女をイフと呼ぶことに決める。「こんちは」「え。あ、こんにちは」「ひとり?」「うん」

「あたしアウラ。ここは初めて?」「うん」「あたしはほぼ毎日来てる。ここに来るやつらはみんな楽しい仲間なんだ。ね、イフって呼んでもいいかな?」「え?なんで?」「ヤかな」「もしも、って呼ばれても」「よしっ、イフェにしよう。いいよね、イフェ?」

アウラとイフェと呼ばれることになった娘は中身の薄い会話をしばらく続ける。「どこで焼いたの?」「あ、ドカタ焼けなんだ、これ。8月に山の中で遺跡発掘調査やってて。まだ落ちない」「イセキ?インカテーコクみたいなやつ?」「んー、そんなもん」「イフェってユッニーク、だね」

男がアウラたちのところにやって来て、アウラがイフェに彼らを紹介し、また別の男と入れ替わり、といったことが繰り返される。男たちはアウラがビジネス中だと心得ている。ビジネスが終わったあと、アウラの商談相手のカラダを好きにできるかもしれないということも心得ている。

「イフェ、なんか沈んでない?」。イフェにアルコールの効果が現れ始めたのを見て取ったアウラは本題に入る。「キモチが晴れるモノがあるんだけど」

アウラが非常階段の踊り場でイフェに吸引のしかたを教えているとき、アウラの携帯が鳴った。「なによ。今忙しいから手短に言って。え、ママが。またかよ」。電話は妹からだった。夫が浮気しているという考えに取り憑かれているキッチンドランカーの母親が、またしても包丁を持って暴れ出したのだという。「ハナシをして。なんでもいいからしゃべりかけてて。あんまり近づくなよ。すぐ帰るから。それまでのガマンだから」

ウチは地獄だ。妹さえいなければ、あたしも家を出たいよ。でも妹は見捨てられない。くそばばあ。くそおやじ。せめて妹が義務教育終えるまではしゃんとしててくれよ。

電話を切って振り向いたアウラはイフェがいなくなっていることに気付く。金は貰ってるからいいんだけど、常連になってもらうためのフォローをしないと。それにイフェとやりたがってる連中が待ってるし。

アウラはフロアに戻る。イフェはいない。あの状態で外に出てないだろうな。ケーサツの職質とかされてほしくないんだ。

「ね、あたしのトモダチ見なかった?」とスタッフに声をかける。「もう出てったぜ。でっけー荷物クロークから出して」「ひとり?」「いーや。ときどき見かける大学生っぽいヤツが連れてった」

あらま。お楽しみを貧しいオトコたちに分配してやれなかったか。

その時すでに酔っているらしい3人の女たちが店に入って来た。おお、キミたちまたカモになりに来てくれたね。アウラは3人に声をかける。さっさと売って妹を助けに帰らなきゃ。「や。こないだどーだった?」「も、サイコー」「でしょー。今日もいっとこーか?ね?」


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