蜜でできた月 作:まりえしーる 発表日: 2005/09/19 16:30

エリカさんの帰りを待っているうちに、リビングのソファで俺は眠ってしまった。

俺は今やひとりでいることができない。エリカさん依存症である。ひとりで部屋にいると何もする気が起きないんだ。依存症を持つ人間は弱い。途轍も無く弱い。災害時にまっさきに危機に陥るのは依存症を抱えた連中だ。俺もそのひとり。

これほどエリカさんが必要としているのに、普段の俺はなんて罪深いことをしてるんだろう。俺は今にすべてを失う。俺は孤独と絶望の檻に永久に幽閉されて無限の時間を後悔に沈みながら過ごさなくちゃいけなくなるだろう。

しばらく前に俺たちの街は大きな地震に襲われた。それをきっかけに俺とエリカさんは災害時に強さを発揮してくれることを期待してPHSをふたりで買った。俺はかつて巻き込まれた事件でケータイを壊され、なんとなくそのままにしてたんで、これが所有する唯一の端末なんだけど、エリカさんは今までのケータイも継続して使っている。俺との連絡専用にPHSを買い足した、ってカタチだ。なんか不便を押し付けてるようで心苦しい反面、エリカさんが俺専用のPHSを持ってくれるのはうれしかったりする。

ところが今外出しているエリカさんは、なんとそのPHSを忘れていったんですよ。ケータイの方は持って行ってるから実際には何も困らない。番号知ってるし。でも、なんか自分が忘れられたようなキモチがして。なんか寂しい。メメしいな、俺。ただの忘れ物をネガティブな方向で捉えてしまうのは、つまり、自分が罰を受けるに値する罪を犯しているという自覚があるからです。

こんなふうに部屋でぼーっとしていると、ホントにエリカさんに捨てられ置き去りにされた気持ちになってくる。タンスからエリカさんのブラを持って来て顔をうずめて泣いてしまいたい。

もう浮ついた行動は二度としないぞ。

ああ、でももう手遅れなんですね。もうすべては終わったんですね。はらはら。そしていつの間にか俺は眠っていたんだ。

何か柔らかくて暖かくて湿ったものが顔を撫でる感触で俺は目を覚ました。目の前にエリカさんの顔があって仰天する。「うわ、帰ってきてくれたんだ」「はぁ?」

「いや、あの、そーじゃなくて」「ヒカワくんの涙、しょっぱいね。当たり前か」「え」

俺は泣きながら眠っていたらしい。さっきの妙な感触は、エリカさんが俺の涙をなめてくれてたんだ。

「これ、買って来たよ」「え。なに」「おだんご。ほら、こっちおいでよ。さ、立って。早く」

俺はエリカさんに腕をひっぱられて立ち上がりベランダに出る。「見て」「あ」

空には黄金の円盤が浮かんでいた。

「中秋の名月。知ってた?」「すげえ。でかいね。すげーや」

月ってこんなに大きかったんだっけ。吸い込まれちゃいそうだ。

「どうして泣いてたのかな、ヒカワくんは」「え」。俺は月に照らされたエリカさんを見る。「きれいだ。エリカさんは、信じられないくらいきれいだ」「あはは。どうしたのよ」

俺はおずおずとエリカさんに両腕をまわす。「なになに。なにがあったの」「こうさせてください。しばらくこうさせていてください」「はい。いつまででも、どうぞ」

エリカさんと俺は、いつも月の下にいるような気がする。「ヒカワくん」「はい」「あたしはいつだってヒカワくんのもの。忘れないで」

俺はまた泣いしまう。情けないやつでごめんなさい。


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