サンセット 作:まりえしーる 発表日: 2005/09/16 17:00

「ボンソワ、ヒカワくん。せっしぼん」

校門を出たところで後ろから声をかけられた。バカの波動がびんびん伝わってくる。

「まりえ、熱あるのか」「このワタクシが?おたわむれを。それからー、まりえじゃなくてビオレッタって呼んでね」「はぁ?」「今日からおフランス人になったの、あ、た、し」。バカかこいつは。

まりえは俺の前に回って得意満面で道をふさぐ。どっかを見てくれ、というサインなんだろうが、俺の目に入ってくるのはヒザに新しいバンソーコーが追加されてることぐらいだ。また転んだのか。

「ほらほら」とまりえはまばたきを繰り返す。「あ。カラコンか」「わかる?やっぱわかる?」「そんだけ強調されたら」「こないだの謝礼で買っちゃったー」「それとフランスとなんかカンケーあんのか」「別に」

「目、痛くなんねーの」「すっごい痛い。3分が限界だよー」「いつはめたんだよ」「さっき。ヒカワくん見つけて急いではめた」「あっそ」「今しか見れないんだからもっと見てくれよー」「なんで俺が見せられちゃうわけ」「似合う?」「あー、ビオレッタってカンジ?」「やりー。じゃバッグ持ってて」「はぁ?」

まりえは俺にバッグを押し付けて、カラーコンタクトを外し始めた。「おめーホント忙しい生活してるな」「アクティブガール」「止まると死んじゃう虫、って知ってるか」

「それよかさあ、ワック行こうよ。あたしまだ行ってなくてー。クラスでバカにされた」「小学生か、おめーのクラスは」「ヒカワくん、もう行ったの」「いーや」「じゃちょーどいーじゃん。行こ行こ」

まりえはワッキーダーナルという最近オープンしたハンバーガーショップに向けてどんどん歩き出す。どのみち俺も晩メシは食わなきゃいけない。ま、いーか。でもバッグ持たされてるのはどーゆーもんだろう。

「今なら月面バーガーが100円だしドリンクはおかわり自由なんだって」。まりえはいつでも楽しそうだ。もし転倒してアタマ打って気絶したとしても、やっぱ笑顔なんだろーな、こいつは。

俺たちはカウンターで商品を受け取り2階席に行く。ドリンクおかわり自由の効果は強力らしく中高生のグループでほぼ満席だ。「ずいぶん買ったね。晩ご飯食べられなくなるよ」「俺はこれが晩メシなの」「え。おかーさん作ってくれないの」「ひとりぐらしだから」「そーなんだそーなんだ。それは耳寄り、じゃなかったあ、初耳。ふだん食事してるの」「食事は誰でもするだろ」

「あれ、まりえ」。見るとトレイを持ったレザー多用のカッコした女が立っている。「あ。アウラだ」「ここ、いいかな」「いーよ。ひさしぶりー」

レザー女はまりえと中学でいっしょだったそうだ。「はじめましてー。まりえ、彼かっこいいね。カレシ?」「かっこいーでしょー、ヒカワくんだよ」「ども。カレシじゃねーけど」「そっかー。そーだよね、まりえクン」「なに納得してんの。ねえ、月面バーガーってどこが月面なんだろね」「ここはもう来なくてもいいかな」「そーだね」

「ところでさあ、まりえのガッコで販売やってみない?」「パーティー?チケットならノーサンキューだよ」「違う違う。気分が良くなるモノ」「なにそれ」「Kってゆーやつ」

「デートドラッグかよ」「彼、くわしそー。ハナシ早いや。売ってみない?」「ドラッグ?」「声おっきーよ、まりえ。合法だから。なーんにも問題無いから」「アウラやったことあんの」「サイコー。忘れられるよ、みーんな」

この女の後ろにいる連中が俺には見える。この女も同じように誘われて仲間になったつもりでいるんだ。どんな種類であろうと仲間といるってのは楽しいもんだ。時間を潰すネタが無かったんだな。みんなそうだ。人生は死ぬまでの長いヒマ潰しだ。けどな。

「なあ。俺たち聞かなかったことにする。だから話題変えねーか」「え。ふーん、ヒカワくんは優等生みたいだね」「ああ。鉄骨入りのユートーセーなんだ。わりーな」

レザー女は音を立ててストローを吸い立ち上がった。「まりえ、後で連絡するわ。今日はこれで。じゃね」「バイバイ」

「おめー、関わるなよ」「わかってるよ」「何をどうわかってるんだ」「ヒカワくんがおっかない顔した」「それだけ?」「なんか不足?ヒカワくんがNG顔したんだから、あたしは絶対近寄らない。それでなんか問題あんの?」

俺たちは店を出た。街は下卑たイルミネーションで満たされている。

「アウラも変わっちゃったなあ」。まりえが珍しく神妙な顔をしている。「仲良しだったんだ」「そっか」「みんな変わっちゃうよ。あたしを除いて。今の自分が不満なのかな。それでみんな変わっていくのかな」「わかんね」「ヒカワくんは生まれたときから無愛想だったんだろーね、きっと」「ああ」「なわけねーだろが。ハナたらしてオシッコもらしてたんだろーが」

交差点で俺たちは別れた。レザー女が後で連絡するって言ったことを思い出し、俺は振り返ってみる。あのバカは大丈夫かな。ホントにわかってんのかな。まりえが街灯の下をスキップしているのが見える。そして予想通り、ヤツは転んだ。たぶんダメだな、ありゃ。


前へ 目次 次へ
inserted by FC2 system