幸運という名の不幸 作:まりえしーる 発表日: 2005/09/14 13:00

「あ、また当たった」。床に座ってノートパソコンを覗き込んでいたエリカさんが言った。「どうしました」。俺はエリカさんを背中から抱きかかえるカタチで座って画面を見る。なーんだ宝くじの当籤発表か。え。

「た、宝くじ、当たったの?」「うん。3等だけどね」「充分凄い。いくら」「1千万円」「はいぃ?」

「よく当たるんだ」「よくって、エリカさん、そんなあっさりと。1千万ですよ。大金ですって」「そっか。でも2億当たったこともあるし」「はぁ?い、一体何回当ててるの」「あーこれで10何回目かだと思う」

エリカさんによると、中学3年生の時初めて買った宝くじで1億当てて以来、狙い撃ちされているかのごとく、宝くじ買えばなんか当たるってな状態なんだそうだ。最初の1億の時はびびって性格が変わりそうになっちゃって、怖くなって両親に全額プレゼントしたという。親もこんな事件が娘の人格形成にどんな悪影響を及ぼすか、かなり心配したらしい。しかし、その後もエリカさんは高額当籤し続け、大金慣れしていったってゆーか、突然とてつもない額のお金が舞い込んで来ても生活のペースを崩さない強さを身に付けていった、と。始めの数回こそ賞金全額親に渡していたが、エリカさんの落ち着きぶりを何年間か見続けた親はエリカは大丈夫だと考え、その後はずっと賞金はエリカさん自身に管理させることになったんだって。そもそもエリカさんのご両親は金持ちだから、宝くじの賞金に頼る必要はないんだ。

エリカさんのお金は貯金の他に株とかコーシャサイトーシンとかの運用に当てているんだって。「フィナンシャル会社にまかせっぱなしで、自分じゃなにもやってないんだけどね。利益がでてるからいいかなって」

しかしなんということだろう。宝くじを何度も何度も当てるひとってホントにいるんだ。しかも目の前に。金が金を呼ぶとでもいうのか。富の不均衡とか貧富の格差とかに関する議論はこの事実の前では無力ではないのか。

いっぽう、エリカさんの強さも凄い。たいていのひとは、ビンボーにはすぐ慣れることができると思う。しかし、たとえば俺、少なくとも俺は降って沸いた大金を、冷静に扱うことなんてできそうもない。後ろからエリカさんの胸を触ったりして膨れ上がっていた俺の性欲は、あっさり吹き飛ばされてしまっている。俺のココロなんて、ハナシ聞いただけで千路に乱れてしまうヒヨワサだ。

「エリカさん、そんな大金があるのに落ち着いた暮らしができて凄いね。ひとより買い物の量はちょっと多いけど、ブランドもの買い集めたりはしないし」

「時間がかかったのよ。ね、ヒカワくん。お金には恐ろしい力がある。お金はひとを変えてしまうの。あたしは何人もそういうひとを見てきたの。100万円くらいじゃ動じないひとが5千万だと豹変したり。これが2億になるとどうなるか」

それは俺にも想像ができる。想像だけだけど。

「あたしはね、ヒカワくんにも大きなお金とのつきあいに慣れてほしいの。莫大な財産を持とうが、それを全部失おうが、自分であり続けられるようになってほしいの」「え。俺に。できるかな」

「絶対できる。だからあたしはヒカワくんといっしょになるの。ヒカワくんを信じてるから」

エリカさんはそんな視点からも俺を見ていたのか。でも。「俺は大金で舞い上がっちゃうよ、きっと」「最初はしょうがない。誰でもそうだから。だから今から始めようよ。あたしは知ってるの、ヒカワくんがひとりでいるとき、いつも質素な生活をしているってことを。あたしが裕福だからってあたしに頼ることを嫌がっていることも。あたしはヒカワくんのそんな面も大好き。労せずして大金が転がり込んで来ても、ヒカワくんは絶対今のヒカワくんでいられるひとだよ」

そうでしょうか。

「たぶんあたしたちは一生働かなくても食べていける。それだけのお金が今はあるの。でも国が破産したり、投資に失敗したり、甘い話でいらぬ欲を出したりで、全部失くすことだってあるかもしれない。あたしはそんなことで動揺するのはイヤなの。無一文になったとき、何もする気が起きなくなる自分じゃイヤなの。使い切れないほどのお金が手に入っただけで、今まで作り上げてきたものを平気で捨ててしまえるような自分じゃイヤなの」

「エリカさんの気持ち、よくわかった。でも大金との付き合い方なんて、今の今まで考えてみたこともなかったんだ。だから、まだよくわかんないよ」

「えへへー。だから今日から始めようって言ったでしょ。とりあえずぅ、この宝くじ、ヒカワくんにあげる」「え」「口座を作ってそこに入れよう」「そんな、そんな大金もらえないって」「ベンキョーだよ、ベンキョー。このお金はキミのもの。どう使っても、使わなくてもかまわない、ヒカワくんが自由にできるお金」「そんな。そんなことして俺が身を持ち崩したら」「ありえないよ。んー、ちょっとは混乱しちゃうだろうけど。スタートはこのくらいでいいんじゃないかな。次の3億は、さすがにでっかいカベだけどね」

「つ、次の3億?」「年末に。たぶん当たるから。心の準備はしておいてね、ダンナさま」

こんな世界が待っていたとは。オトナになるってことは、俺が想像していたよりもはるかにむずかしいことなんだな。


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