謝礼 作:まりえしーる 発表日: 2005/09/10 18:00

「ヒカワくん、上になってみない?」「え。でも、いいのかな」「うん。どう、上になりたい?」「すっげーなりたい」 「ふふ。はい、どうぞ」「じゃあ遠慮なく」「初めてだね」「うん」「わかるかな」「たぶん。なんかキンチョーする」 「あわてることないのよ。朝まで時間はたっぷりあるし」「ねえ、どうして俺の名前知ってんだろ」 「郵便受けとかに派手に書いてあるじゃない」「そっか。そーいやそーだ。んっ」「あ。名前は、あぅ、書くことない、はぁ、 わよ」「そーする。はぁ。うあ、やべっ。んっ。ところで、あんた、誰なの」「この、うっ、部屋の、はぁはぁ、前の住人よ」

今のところ俺と幽霊女が交わした会話ってのは以上がすべてだ。前の住人は夜中に気が向いたときに部屋に現れ、 俺の都合はおかまいなしにセックスを始める。迷惑この上ない。だけど俺には大声で不平不満を訴えることをためらわさせる後ろめたさがある。歯切れの悪い言い回しだな。要するにい、困ったことに俺のほうにも前の住人が来るのを楽しみに待つ傾向が 見られるようになっちまってるんですよ。セックスに不自由しない生活って素晴らしい。と思ういっぽう寝不足は 深刻な問題なんだけど。

まあそんな事情で昼間の俺はいつもぼーっとしてて、おまけに異性にはほとんど興味が持てないという有様だ。明け方 眠る頃には疲れきってて、もうセックスなんて2度としなくてもいーやと思う。性への食傷は昼間中ずっと続く。 しかーし、深夜部屋にいると底知れぬ渇望が甦ってくるんだからホントに自分が怖くなる。何度も書いて恐縮ですが、 前の住人とのセックスって、物凄い快感なんですよ。体力の限界を知るまで、やめることができなくってさあ。ああ。

よって俺は放課後はまっすぐ家に帰って、とりあえず眠っておくように心がけている。その日の体調にもよるけど。
今日は眠い。帰ろう。泳ぐように校門を出たところで見覚えのある顔が寄って来た。

「ヒーカーワくん、こんにちは」「あ。クマパン、じゃねえ、うす」「こないだのさあ、サイフ、落としたひとから 連絡が来たんだよ。すごい感謝されちゃった。感謝の半分はヒカワくんにあげる」「なんだそりゃ」

「でさあ、謝礼渡したいから会ってくれって言われて。ロクサンカフェってとこに来いって」「63?」「ん。 オーナーの名前みたい。そのひとコレクターでカフェってのは 集めたフィギュアとかいっぱい並べてある喫茶店だよ。前に入ったことあるんだけど、ちょっと客層とかが、 なんか違うんだよね。気が進まない店。ちょっとコワイ。それにしても拾ってあげたほうが呼び出されるって、 なんかヘンじゃないかな」

こいつでもモノを考えることがあるのか。驚きだ。野生の王国も奥が深いな。

「でも行くんだろ」「いっしょに行こ」「はぁ?なんで俺が」「共犯じゃない、あったま悪いなあ」

結局俺は引っ張られて付いて行くことになっちまった。なんでかな。なんで俺はこのクマパンに振り回されるのかな。

「ヒカワくん、番号聞いてきたくせに電話くれないね」「はぁ?そっちが勝手に押し付けたんだろーが」「あのメモ、 今持ってる?」「あーどーだったかな」。ポケットを探るとメモはそこにあった。「今かけて」「別にいーけど」

俺はメモを見ながらダイアルする。「パルプフィクション」のテーマ曲が大音量で鳴り出した。クマパンの着メロか。

「もしもーし。あたし、まりえ」。ぴっ。「ヒカワくん、なんで切るんだよー。初めての通話なのに」。バカかこいつは。

待ち合わせ場所のカフェに着いた。が、何かが俺の気に障る。店に入ろうとするクマパンの腕をつかみ制止する。

「なに。どしたの」「お前は入るな。なんかおかしい。相手の目印は」「先に入って 待ってるから、店のひとに頼んでカミヤって名前で呼び出してくれって言われた」「カミヤ、だな。 お前、そのへんで待ってろ。外から顔見せたりするな」

俺はカフェってゆーか、昭和のニオイがする古い喫茶店に入った。店内には男のひとり客が3人、それぞれ別の テーブルに座っている。全員競馬新聞を読んでいる。

「いらっしゃいませー。お好きな席へどうぞ」と俺に声をかけてきたウエイターに「カミヤってひとと待ち合わせ なんだけど。呼び出してもらえますか」「え。はあ」。なんだこいつ。「呼び出してもらえますね」

ヘンな表情で「カミヤさまー、カミヤさまー」とウエイターが大声を出すと一番奥のテーブルにいた客がこっちを向き、 あわてて視線を新聞に戻すのが見えた。こいつだ。

「いらっしゃらないようですね」というウエイターに手を上げ、俺は奥に入っていく。「カミヤさんですね」「え。 あ」。認めたのと同じだ。俺は木製の丸いテーブルの下を覗き込む。

「うわ。なんだキミは。なにをする」「見てるだけだろ。見られちゃマズイものでもあるってか」。俺はテーブル中央 から生えている脚にガムテープで貼り付けられたものを素早く掴み引っ張った。俺の手から伸びたケーブルが緊張し 、そして男の傍らにあったセカンドバッグが床に落ちる。俺の手の中にあるものはCCDカメラで、バッグの中身はレコーダだ。

カミヤという男はこの時点で観念したらしい。小心者だ。

「なあ、落し物拾ってくれた恩人が女子高生だって誰に聞いた」「う」「ケーサツのひとか」「はぁ」「トイレにも 同じシカケしてあるのか」「そんなことはありません」「調べりゃすぐわかるぞ。あんたの個人情報も交番行けば すぐわかるぞ」「それだけは勘弁してください」「俺はさあ、用事があって来たんだ。謝礼っていくらだっけ」「え」 「確かサイフに入ってたのは」「7万です」「そーだよな。俺たちは二度と会わないで暮らすこともできる。 あんたが自分の恩人に二度と近づかないって約束さえできれば、俺は用事を済ませたらすぐ帰る。わかる?おじさん」

店を出るとクマパンは歩道にしゃがんでゲームをやってやがる。「行くぞ」「あ、どーだった」

歩きながら俺はクマパンに7万円を渡す。「こんなに?100ッパー?ええ?」「すっげえ大事なカードが入ってたん だと。現金よりそっちの価値で決めたらしーや」「へー。へへへ。ハンブンコする?あれ、割り切れないのかな?」

「いーよ、拾って届けたのはお前だ。全部持ってけ」。どーでもいいや。気の弱いヤツを恐喝した後は気が重い。
もうこんなことは絶対しないぞ。キケンだし。 カミヤにもグルの店のウエイターにも一筆書かせたけど、後で襲われる可能性だって無くはないんだ。

「カミヤさんってどんなひとだった?」「オヤジ」「あっそ。なんかごちそーしてあげよーか」「俺、眠いから帰るわ。 じゃな」「えー」

クマパンと別れてしばらく歩くとケータイが鳴った。誰だろ。ぴっ。「まりえでーす。今日は楽しかったわ」。ぴっ。

また鳴った。ぴっ。「切るなよー。ヒカワくんってシャイなんだねー」。ぴっ。

女ってめんどくさい。さっさと寝よう。今日も前の住人現れるかな。


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