遭遇 作:まりえしーる 発表日: 2005/09/09 13:00

昨日の夜は、前の住人が普段以上に激しくて、またこれがとんでもなく気持ちよくて、俺は結局朝までセックスしてしまった。ガッコに行くのがつらい。だるい。こんなこと続けてたら衰弱死しちまうんじゃないか。でもすっげー良かった。今夜もやりてえ。ああ、俺ってダメなやつなのかも。そんなことを考えつつ寝ぼけマナコで歩いてると、道に見慣れないオブジェが置かれている。見ると、とんでもないカッコで倒れている女子高生だった。なんだこりゃ。ウチのガッコの制服を着てる。しかしなあパンツにクマが描いてあるのはいかがなもんだろう、と思いながら声をかけてみた。

「なあ、チャリに轢かれるぞ。まだ寝てたいんだったら道端に寄せてやるけど」「え」

クマパン女は、はっ、というカンジで起き上がった。「クロネコが前を横切ったのに気を取られて」「はぁ?」「左足を右足で踏んじゃったんだ。ネコってあぶないよねー」

口元にホクロがある。見覚えのある顔だ。そっか、同じ学年の女だ。「立てるか」「ん」。俺は右手を差し出す。手を引いて立たせてやるつもりだったんだが、こいつはなんとバッグを俺に渡しやがった。バカかこいつは。

クマパン女は立ち上がり、自由な両手で制服のホコリを払い始めた。「あーびっくりした。わ、遅刻しそうだ、急ごうよ」

クマパン女は俺にバッグを持たせたまま突然歩き出す。なんだこいつは。すると女は突然立ち止まり「あーっ」と叫ぶ。俺は危うく追突するところだった。なんなんだ。「ヒっ、ヒカワくんだ。ヒカワくんだよねえ」

「そーだけど」「そーそーウワサのヒカワくんだ。これはびっくり」。びっくりはこっちだ。

「なに、ウワサのって」。俺は中学まで評判の悪いヤツだったんで、ウワサというコトバにはちょっと神経質である。この街に越して来て高校に入ってからは暴力沙汰は起こしてないはずだ。いや、一度はあったかな。いや、もっとあったような気もする。でも入学したばっかの頃だけだったのにな。

前の住人と毎晩セックスするようになってから、俺はフシギなくらいキレなくなったんだ。たんにいつも寝不足でキレる気力すら無いってだけかもしれない。最初の頃殺気だっていて、そりゃーもう壮絶な怖さだった前の住人が、なぜか日ごと夜ごとにマイルドになっていったのと俺の変化の曲線は一致してるよーな気もする。あーあ、それなのに。だめじゃん。ウワサって、狂犬ヒカワってやつなんだろーな。またか。

「んふ。クールなヒカワくんって女子の間じゃ有名だよ」。なんだそりゃ。俺は気が抜けた。「ところでさあ」「なに?なに?あたし?あたしのこと?まりえ。まりえって呼んでね」「そーじゃなくて、このバッグ」「あ。悪い」。クマパン女はようやく自分でバッグを持った。「あーっ、遅刻しちゃうよ。ヒカワくん、急いでよ」。女ってめんどくさい。

「あーっ」。女がまた立ち止まる。「なに。今度は」「サイフだよ。サイフが落ちてる」。確かに皮製のサイフだ。男物で分厚い。クマパン女は拾い上げ、中身をチェックし始める。「7万円も入ってる。カードもいっぱいだ」。なんで真っ先に内容を確認するんだろう。「遅刻するぞ」「ダメだよ、コーバンに行かなきゃ」「はぁ?」「落とした人は絶対今困ってるよ。いただいちゃうなんてできない」「そりゃいただいたりはしねーだろーけどよ」「コーバン行く。つきあってよ」「え。俺はガッコ行く」「そりゃないよ。困ってるひとを見捨てるなんて」「おめー行ってくりゃいーじゃん」「なんでよ、共犯じゃない。いっしょに行こーよ」「はぁ?キョーハン?」。バカかこいつは。

結局俺はクマパン女に手を引かれて交番に行った。はた迷惑な女で、しかもバカだ。でも落としたひとのために一生懸命じゃないか。真っ直ぐでハートのあるやつ、かも。

交番に着いたが無人だった。なんで交番っていつでもひとがいないんだろう。「不在の場合はこの電話で」云々と書いた板がカウンターに置いてある。パトロール中なんだろうな。「ガッコの帰りに来りゃいーじゃん」「えー。落としたひとは今探してるよ、きっと。そんなに待たせちゃかわいそー」「待ってらんねーよ。じゃお先に」

クマパン女は立ち去ろうとする俺の腕をつかむ。振り返って見ると、女は唇を噛みながら「んーー」とうなって震えてる。はいはい。わかりました、つきあいますよ。

その時チャリに乗った若い警官が帰って来た。よかった。

「ガッコ、遅刻しちゃいそうだね。悪かった、悪かった。待っててくれてありがとうね。でも手続きがあるんだ。もうちょっと時間かかっちゃうね。ごめんね。でも規則だからさ」

若い警官はフレンドリーなひとだった。俺はケーサツが苦手っつーか避けたい気持ちがあるんだけど、こんなひともいるんだな。「クロネコ見てコケちゃってー」「そりゃー痛かっただろ。バンソーコーあげるよ」。クマパンと警官はミョーな会話をしながら手続きをしている。こいつは自分の住所氏名をケーサツに提供することに何の抵抗も無いようだ。

「落とし主が出てきたら、連絡行くと思うから。きっと喜ぶよ。ありがとね。じゃクルマに気をつけて。どうせ遅刻だから走ったりしなくて大丈夫だよ」

警官に見送られながら俺たちはガッコに向かう。確かに遅刻決定だ。2時間目から教室に入ろうかな。

「なにぼーっとしてんの。急ごーよ。ガッコいこーよ」「途中から入るの、めんどくせーじゃん」「コーバン行ってましたあって言えば問題ないっしょ」「なわけねーだろ」

といいつつ俺はクマパンに手を引かれてそれなりに早足で歩いている。「なあ」「なに」「クマパ、じゃなくって、あれ、名前なんだっけ」「まりえ。もう忘れちゃったの?」「まりえ、ってなんか忙しい日々を送ってそーだな」「あたしの生活にキョーミあるの?まいったなあ、じゃあケータイの番号あげる」「いや、そーゆーことじゃなくて」「はい。これ」

まりえは俺にメモを渡す。こんなもの用意してるのか。それにしても妙なカンジだ。俺は無愛想でとっつきにくい男のはずなんだけどな。こんなに振り回されたのは初めてだ。

「謝礼って10ッパーかな。20ッパーかな。なに食べに行こうかなー」「結局それかい」

俺たちは小走りでガッコに入って行った。


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