寺へ 作:まりえしーる 発表日: 2005/09/08 13:00

「ヒカワくん、これはなんでしょう」。エリカさんが2枚の紙を俺の目の前でヒラヒラさせている。「だ、代表の試合のチケットではありませんかあ」

エリカさんはなんでか知らないけど、いろんなモノを手に入れてくる。今回はサッカー日本代表の親善試合のチケットだ。でも試合会場は宮城スタジアムだぞ。平日だし。

「そんなわけで我々は2日間ガッコをサボります」「2日間」「そう。せっかくだから仙台に一泊して観光もすることにしました」「おおー」

ブッキング王の異名を持つエリカさんの手によって、試合当日は仙台のホテルに泊まり翌日遊んでから帰ってくるというスケジュールがすでに作成され、新幹線もホテルも手配済みなのであった。エリカさんには驚かされることばかりだ。

そんな経緯があって俺たちは今、仙台周辺を観光している。昨日は超強力台風の影響が懸念されたが、そこは地上最強の晴れ女エリカさんの行くところ、ことごとく雨は上がり雷は消え失せ、アカンボは泣き止み、ハゲタカはぐるぐる回る。新幹線から東北線とバスを乗り継いで到着したスタジアムは風がちょっと強いかな、という程度のコンディションであった。

試合は誰も予想しなかったゴールの奪い合いとなり、5-4で俺たちの代表が逆転勝ちした。同点に追いついたとき、そしてついに逆転したときの興奮は凄まじいものだった。俺たちは人目をはばからず抱き合えてハッピーだったし。いつでもハラハラされてくれ、けっして落ち着いた気分で観戦することを許さない俺たちの代表は最高だ。

試合後、東京から駆けつけたサポーターたちは明日の仕事やガッコのために急いで帰って行ったが、俺たちはその日のうちに仙台まで行けばいいんだから気楽なものだった。とはいえホテルでのお泊りシーンが近づくにつれ、いつものようにエリカさんと俺の動作がカクカクになってしまったことは言うまでもない。ああ、どうしていまだに俺たちは。

それにしてもホテルっていいもんですね。

仙台はステキな街だ。平野に生まれ育った人間には、山と川とビル街が同居している光景が凄くダイナミックに見えて、なんだかうらやましい。昨夜は俺がエリカさんに夢中になってしまったおかげでふたりとも寝不足なんだが気分は最高だ。なんといっても、天気がいい。

俺たちは電車を使って松島に移動する。俺とエリカさんにはどうしても行きたい場所があるんだ。それは、瑞巌寺。植物好きの俺にとっては関心事のひとつの、このお寺にある杉の木の高いところに寄生するランの一種、石斛は残念ながら開花時期を大きくズレているんだが、どうしても瑞巌寺は見たかった。

松島観光はフネがフツーなんだろうけど、俺たちはからみあいながら海岸線を歩く。絶景というコトバに嘘はない。

俺たちは死者を祀った岩窟を見た。五大堂を見た。福浦島を見た。すきっぱ状態で下に海が見える橋を渡った。教科書に載っていた襖絵を見た。俺たちは胸がいっぱいだった。

天然の景観と人工建造物の融合。コトバにするとなんとむなしいことか。瑞巌寺が、松島が訴えかけてくるものを表現することは俺には不可能だ。

再び仙台に戻って帰りの新幹線に乗る。俺たちは瑞巌寺のハナシばかりしている。ひとは俺たちを若いのに渋い趣味のカップルだと思うかもしれない。

俺たちはなんで瑞巌寺が見たかったのか。マンガ「ハチミツとクローバー」で竹本くんが訪れた場所だから、というのがホントの理由だってことは、やっぱりみんなには秘密にしておこう。


前へ 目次 次へ
inserted by FC2 system