ナイフ 作:まりえしーる 発表日: 2005/09/06 10:00

カゲミと抱き合っていたら手に硬いものが当たった。ポケットになんか入ってる。「なにこれ」「ナイフ」「そんなもん持ち歩いてるんだ」「護身用。リーダーがスカートの中に手を入れてきたときのために」「なんだと」

カゲミはナイフを見せてくれた。「なんか凄そう。名のある逸品なのか」「ローンウルフのシティナイフ。ナイフの神様ボブ・ラブレスがデザインしたんだ」

ナイフにそんなウンチクがあるのか。そーいや俺も一本実家出るときに持って来てたな。父親のをくすねてきたんだけど。「なんかSFって刻印が入ってるやつ、俺持ってる」「え。エ、エスエフだとお?ふっ、ふ、ふ、ふ、ふ」「おい。どーした。声でかいって」「ふ、ふ、古川四郎だとお。ふぉ、フォールディングナイフか?」「なんだそりゃ」「これと同じ折りたたみ式か、って聞いてんだ」「うん」

「なにい。こ、こんなナイフのこと何も知らないバカリーダーが、ふ、古川四郎を。あーなんてこった」「声でかいよ。オヤジのをかっぱらって来た。なんか古いやつ」「オ、オーダーしたら4年くらい待たされるんだぞ、それをこんなシロートが」「なんかひでー言われようだな」「傷ついたのか」「ふん」「ごめん」「知るかよ」「じゃあスカートの中触っても許す」「おめー、どっかヘンだ。ぜってーおかしい」「そんなこと言いながら手が入ってきてるじゃねーか」「なりゆきだ」

「見せてよ、ナイフ。見せてくれるだけでいい。ちょーだい、なんて絶対言い出さないからさ」

カゲミにこんな趣味があろうとは。てゆーかカゲミに刃物は似合いすぎであぶない。

「じゃあ明日持って来てやる」「今日見たい。今日じゃだめ?今から見に行きたい。どこにあるのさ」「アパート。だけどダメ」「なんで」「なんででも」

カゲミは不服そうな顔をしている。このバカにこんな執着心があろうとは。ひとってのはわかんねーもんだな。

「いーじゃん。じゃあアパートのそばまで行って待ってるから持って来てくんないかな」「だからダメだって」「なんで。あ。そっか、触らぬってヤツかよ」「はぁ?」「あ、なんでもない。マジなのか。アパート行くと消されるのか」「なにぶつくさ言ってんの」「ん。いつか整理したら質問するかもしんない」「よくわかんねーやつ」「それより、さ、リーダー、やっぱここじゃマズイや、そこ触るのは。はあ。あたし、ちょっとマズイことになってきた。声出そうだよ」「俺もけっこーマズイな」「ちょっと深呼吸してさ、落ち着こう」

俺はカゲミのナイフをじっくり眺めてみた。「きれいだな」「最高の芸術だよ、ナイフってやつは。美と思想と哲学と機能が一致した工芸品だ」「お前がナイフが好きだなんて知らなかった」「リーダーはあたしのこと何も知っちゃいないよ」「どこが弱いのかはさっき知った」「ばか。二度と触らせねー」

シティナイフの刃先で軽く手のひらを突付いてみる。これはいい。ナイフの刺激のせいで俺の情欲は沈静化しつつある。そんな使い方はナイフをデザインしたひとに失礼なんだろうけど。「ローンウルフってのはメーカー名か」「うん。名前はベタだと思われるかもしれない。でも大好きだよ。就職したいくらいだ」「俺は確かにカゲミのことを何にも知らないらしいや」「なんだよ急に」「ナイフに夢中な姿が、なんつーか、かわいいや」

カゲミは赤くなる。赤くなった自分を恥じてさらに赤面してしまったカゲミは関係をイーブンに持ち込もうとしやがる。「リーダー、さっき、あたしのこと名前で呼んでくれたね」「え。そっか。しまった」「なんだよそれ」「ん。なんか恥ずかしいじゃん」「ああ、確かに、恥ずかしいかもしんない」

「ナイフ、明日持って来てやるから」「約束だよ」

あのナイフはカゲミにプレゼントしてやろう。確かにアレは俺にはもったいない。いつかあのナイフの価値が俺にもわかる日が来たら、その時は自分で買おう。自分の金で買わなきゃ自分のものにはならないよな。

「SFってナイフ、いくらくらいするんだろ」「モノにもよるんだろーけど。とても手に入らないんだろーなって思って調べたことないや。たぶんオーダーしたら4、50万ってとこじゃないかな」「え」

俺にはナイフの価値が一生わからなくても、ま、それはそれでしょーがないかな。


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