「それで、お墓参りはどうだったの?」
「ホントは行くのがすっげー怖くて。でも行かなくちゃいけないって思って」「怖かったの?」
「うん。お墓に行ったら、そのひとがホントに死んじゃうから」「でも、もう亡くなってるひとなんでしょ」
「自分が知らないところで死んだひとだから。なんか死んだって実感が無かったんだ。どっかで生きてるよーな
気がしてて。でもお墓見ちゃったら、そんなぼんやりした、夢見たいな感覚が吹き飛んじゃうから。
ホントに死んじゃったって認めなくちゃいけないから、怖かったんだ」「そう」
「それで実際お墓の前に立ったら、もうどうしようもなくて。現実が冷たすぎて、強すぎて、俺さ、みっともないんだけど
わんわん泣いちゃって。泣いたってなんにもなりゃしないんだけど。あーホントに死んじゃったんだって。
知ってたけど、知ってたけどさ。知ってるってことと理解するってことは全然別だった」
「ホントに大事な友達だったんだね」「死んじゃうと、友達なんだか家族なんだか、もう自分の大部分みたいな大きさに
感じる」「そうなんだ」「お墓に行ってよかったのか悪かったのか、まるでわからない。今もまだひきずってて」
「それはしょうがないよ。心の傷を癒してくれるのは時間と恋だけだって、誰かも歌ってたじゃない」「そーだね」
「でも、不謹慎かもしれないけど、その亡くなったひと、ちょっとうらやましいな。ね、あたしが死んでも、泣いてくれる?」
「そんなこと言わないで。それがさ、俺が一番怖がってることなんだ。俺は毎日びくびくしてるんだ。俺はもう、
大事なひととお別れすることに耐えられそうもないよ。こないだの地震の時も、死にたくなるくらいおびえてたんだよ。
エリカさんが見つけられなくて」「それはあたしもいっしょだって知ってるでしょ」
「うん。俺を探してくれてすっげーうれしかった。だから、もし会えなかったらって考えると死にたくなる」
「死んじゃダメでしょ」
「シートン動物記のロボの話、知ってる?」「もちろん。悲しい話ね」「俺はあの話思い出したり読んだりすると、今でも
泣いちゃうんだ。俺はさ、きっとビョーキなんだ。すっげーよく泣くんだ。男のくせに泣き虫で」
「あたしの知るかぎり、ヒカワくんが泣くときは、ちゃんと理由がある。だから健康だよ、ビョーキじゃないから」
「ありがと。でも今も泣いてる」「大丈夫だよ」
「あの話のロボの奥さんのブランカが殺されるところで、俺はもうダメなんだ。俺もさ、エリカさんにもしものことがあったら
ロボみたいに、力が無くなって、朝になったら死んでると思う」
「大丈夫よ。大丈夫。あたしはヒカワくんより先には死なないから。大丈夫」
「ありがと。俺って大きな赤ちゃんだね。こんなぐずってて。ごめんね」
「あはは、あたしがぐずったとき、やさしくしてくれたじゃない。おあいこだって」
「大事なひとを失うのがホントに怖い。だから大事なひとなんて作らないほうがいい、なんて思う」「そんなヒカワくんが
プロポーズしてくれたのは奇跡かもね。あたしは感謝しなくちゃいけないみたい」
「俺さ、女性とつきあったことなかったから、ずっと一緒にいてほしいって気持ちをどう伝えていいかわかんなくて。
結婚以外の表現のしかたがわかんなかったんだ」
「あー。なんか、ヒカワくんって、あたしには永遠の謎だわ」「謎?このタンサイボーの俺が?」
「キミは興味深いよ、ってこと。底知れぬ魅力を感じています、あたしのダンナさま、ってこと」
夏休みの最後の日、結局俺たちは一日中ベッドの中で過ごした。