接触の意味 作:まりえしーる 発表日: 2005/08/24 18:00

「今日はつきあってもらうわよ」 1年生たちの注目を浴びながらゲタバコの前に立っていたカイエは、先日の夜取り逃がした少年が不機嫌そうな顔で現れたところに声をかける。「いいでしょ?ヒカワくん」「え。俺ハラ減ってるんでメシ食いにいくんですけど」「いいわね。どこいく?」「牛丼屋」

「なにそれ。あたしを連れて牛丼屋に入ろうっていうの」「連れて行くつもりなんてないっすよ。それじゃ」「待ってよ。もっとおしゃれなとこ教えてあげるから」「高くて待たされてしかもマズい店ならけっこうです」「うーん、あまりいい態度とは言えないな。上級生に向かって」「ハラ減ってて気が立ってるもんで」

こりゃ難物かも。性欲より食い気か。手っ取り早く空腹感を満たしてやらないと、あたしの魅力に気付く余裕が生まれないかあ。コドモ相手だからちょっとはガマンしないとね。

カイエは牛丼屋に同行することにした。少年の歩くスピードは速すぎる。女と歩いたこと、無いみたいだな。なんとかいっしょに牛丼屋に入るが、少年はさっさと自分の分の食券を買ってしまう。おごりそこねてしまった。

案の定少年は食べるスピードも凄い。食べ終わって席を立とうとする少年の肩にカイエは手を置く。「これで落ち着いた?だったら少しはあたしのペースにも合わせてくれないかな」「はあ」

「ヒカワくんってどこ住んでんの。あのコンビニのそば?」「そーです」「一人暮らしっぽいね」「そーです」「彼女いる?」「いません」「フシギー。かっこいいのに」「そーすか」「ね。あたしを彼女にしてくれない?」「なんで」「あたしじゃ不満?」「センパイ、モテるんじゃないんですか。すげー美人だし」「わ、うれしい。ありがとね」「かっこいい男いくらでもいるでしょ。そっちに行ったほうが楽しいですよ」「あたしは、ヒカワくんといたいんだけどな」「センパイ、冷静に考えたほうがいーです。限りある人生、ヒマつぶししてるとすぐ終わっちまいます」「あたしなりに有意義なことをしてるつもりなんだけどな」「価値観の違いってやつですか。俺なんかと関わんないほーが、はぁーあ、よさそーだ」

満腹した少年は睡魔に襲われ始めたらしい。カウンターに頬杖を付き眠そうにしている。

「ひとと話してるときに眠らないでしょフツー」「あ、ども。ここんとこずっと寝不足で」「こないだの夜もテンパってたみたいだけど、夜に何やってるの」「いろいろ」「じゃ、これから帰ってすぐ寝る予定?」「あー。帰っても、たぶん眠れないと思う」「なにそれ。帰っても眠れないって。死ぬわよ、ちゃんと寝ないと。家に帰らないほうがいいんじゃないの」「いや、眠れないけど、すっげー帰りたいんです」「誰か待ってるんだ。彼女いないって言ったのに」「一人暮らしだし、彼女もいません」「わかんないな」「わかんなくて当然です」「もったいぶるんだね」「センパイが関心持つような男じゃないですよ、俺は。忘れてください」

「ホントに疲れきってるように見えるよ、ヒカワくん。とりあえず休める場所に行こうよ。ちょっと眠ってから帰ったほうがいい」「あーなんかそんな気もする。でもどこ行くんですか」「制服だからなー。ま、なんとかなるか」「言っとくけど、俺、ホントに寝ますよ。あと、金無いです」「いーからいーから」

カイエは少年の腕を取って店を出る。ひと気の無い路地に入っていく。「あれ、カイエじゃねえか」「あ」。向こうから歩いてきた若い男の3人組がふたりの前に立つ。「久しぶりだな。つきあえよ」「また今度ね。今日はダメ」「誰だよ、そのガキは。今の相手はそいつなのか」「そうよ」

男たちはカイエの威厳に気圧されたようだ。

「知り合いですか。じゃあ俺はこれで」。少年はカイエにそう言い立ち去ろうとする。「なんだこいつ。女見捨てて逃げる気か」「はぁ?」「逃げるのか、って言ってんだよボーズ」、男が少年の肩をつかむ。

カイエが次の瞬間目にしたのは、挑発した男の鼻を押しつぶした少年のコブシだった。なに?と思っていると二人目が腹部を押さえて地面にうずくまる。あわてて少年の姿を目で追うと、なんと三人目の男に馬乗りになって首を絞めているではないか。

「ちょっと、ねえ、やめなさい。殺しちゃうよ。やめて」、カイエは少年の背中にしがみついて叫んだ。

「あ」。少年から突然殺気が消えた。ゆっくり立ち上がって振り向いたその顔は、先刻までの眠そうな表情そのままだった。「ぶっ倒れそうに眠いっす。やっぱ今日は帰ります」「行って。早く。早く帰って」「それじゃ」

カイエは呆然と少年の後姿を見送る。なんなんだ、この子は。

「痛ってえー。ちきしょーあのガキ。ぜってー許さねえ」。顔を押さえて倒れていた男が体を起こした。カイエは3人の前に立つ。

「あんたら、今のことは忘れて」「なんでだよ。あいつ、誰だか教えろ」「ねえ、3人もいたのに、たったひとりのコドモにのされたんだよ。ひとに知られたら恥ずかしいでしょ。それを恨んでフクシューなんかしたらサイテーだよ。街歩けなくなるよ。あたしも誰にも言わないし、不意打ちくらったんだから、あんたらが弱いなんて思わない。だから忘れて。誰にも言っちゃダメよ。あの子はあたしの獲物なんだ。手、出さないどいてくれるかな」

男たちは視線を落とす。しぶしぶながらも承服したらしい。

とりあえずは、よし。でも、このテーノーどもをいつまで抑えられるかはわからないな。賞味期限は短そうだ。早めにいただかないと。カイエは決意を新たにしていた。


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