ナイト・クルージング 作:まりえしーる 発表日: 2005/08/22 17:30

ブラインドを指で押し下げ外を見る。ふーん、今夜は満月か。カイエは服を着始める。

「あれ、なにしてんだよ。泊まってくんじゃなかったのかよ」「泊まる?こんな早い時間に?」「もう次の日になってんだぞ」「ナイト・イズ・ヤング。寝てちゃもったいない」「どこ行くんだよ」「散歩と買い物を少々」「他の男のところか」「他、とかいう区別のしかたって、よくわからないな」「どーしよーもねー女だな、てめーは」「カルチャーの違いに不寛容だと飽きられるよ。退屈な男だなって。じゃね」「二度と来るな」

カイエはミュールを履き部屋の外に出た。一度寝ただけで態度が豹変する男特有の心理にはいつも驚かされる。セックスの前まではおどおどしてたようなヤツが、やったとたんに女を自分の所有物だと思い込む。大いなる錯覚だ。そこには合理性のカケラも無いってことがなんでわからないんだろう。男って動物は、器質的にアタマの悪さが備わっているんじゃないだろうか、とカイエは思う。これは興味深い仮説だ。反証を見つけるまで数多くの個体とセックスし続けないといけないな。

やっぱり春はいいな。夜の街を歩く気分になれる。冬だったら他の男がクルマで迎えに来なきゃ遊びに出る気にならないもんね。

カイエはコンビニの前を通る。オスの姿を求めて店内を覗くと、見覚えのある少年がレジで金を払っているのが見える。おやまあ、これは天の配剤ってやつでしょうかね。ガッコで目をつけていた新入生だ。

「こんばんわ」。カイエは店から出てきた少年に声をかける。レジ袋からスポーツドリンクを取り出し、一口飲もうとしていた少年はきょとんとしている。よっぽど喉が渇いてるのかな。渇いているのはあたしもいっしょよ。「それ、早く飲みなよ」「あ、はあ。それじゃ」。少年は凄い勢いでペットボトルをカラにした。

「うわあ、すごいね。ジョギングでもしてたの」「ふぅーっ、いや、そーゆーんじゃ」。少年は袋から2本目を取り出した。「まだ飲むの」「はあ」。少年は今度はボトルの3分の1程度を飲み干した。少年の渇きはようやく解消されたようだった。

「あたしにも飲ませて」「はぁ?」。カイエは少年からボトルを勝手に取り一口飲んだ。「あたしは3年のカイエよ。キミは新入生だよね」「はあ」「キミはなんてゆーの」「ヒカワです」

ヒカワくんか。今夜のうちに寝ておこうかな。「ねえヒカワくん、新入生を歓迎してあげるわ。遊びにいこーよ」「え。俺は帰って寝ます」「まだ早いのに。もう高校生なんだから」「疲れてるんで」「遠慮しなくていいのよ」「はぁ?」

カイエは少年が冷め切った目で自分を見ていることにようやく気付く。警戒させちゃったかな。カイエは腕を少年の左腕にまわし胸を押し当てる。「ね、ちょっとつきあってよ」

少年は突然体の向きを変え、カイエの真正面に立つ。そして右腕をカイエに伸ばしてくる。いきなり抱きしめにくるとは。コドモは単純でいいなあ、とカイエは目を閉じながら考える。しかし少年の腕はカイエからペットボトルを取り返しただけだった。

驚いたカイエが目を開けると少年はカイエの腕からすり抜け再びスポーツドリンクを飲み始める。

「あのさあ」。2本目をカラにした少年が言う。「俺、今それどころじゃ。ああ、あんたに言ってもしゃーねーか。俺、帰ります」。少年はペットボトルをコンビニの回収箱に入れて歩き出した。

「ねえ、待ってよ」。カイエは後を追おうとしたが、自身の異変に気付き立ち止まる。生理が始まっていた。え?なんで?白のパンツを履いてるっていうのに。最悪の事態だ。準備してないからコンビニでナプキンを買わなくてはならない。早くトイレを借りなくてはならない。少年の後姿はどんどん遠くなる。

なに?これはいったいなに?自分の思惑通りに事態が展開しないってゆう経験を最後にしたのはいつのことだったか。思い出せない。思い出せないのは経験したことがないからよ。このあたしが汚れた服を着てひとりで家に帰らなきゃならないなんて。カイエは自分が合理的でなくなっていることに気付かないくらい腹を立てながら店内に入っていった。


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