死の香り 作:まりえしーる 発表日: 2005/08/11 17:30

カゲミは消耗していた。昨日の晩ひどい目にあったのだ。狩りのほうがまだ楽だ、とカゲミは思う。 酔ったキャロットみき先生とリーダーの婚約者に化粧され、うっかりそのまま事務所に帰ってしまったのがまずかった。 社長はなぜかメイクの出来にカンドーして男泣き、ついにはシャシンを撮ろうと言い出した。

最初のうち社長は事務所のコムラという若者にデジカメを持たせ、カゲミを椅子に座らせ自分は横に立っていたが、 そのうちに自らカメラを持ち一晩中カゲミにいろんなポーズをとらせた。

両親に殺されかけたあたしを引き取って育ててくれた社長。血もつながっていないのに、なんであたしのことで あんなに喜んでくれるんだろう。

コムラさんにデジカメのメモリと印画紙みたいなプリンタ用紙を買いに行かせた社長は、その後いっぱいになったメモリを 片っ端からプリントアウトすることを彼に命じ、自分は撮影を続けた。コムラさんもかわいそうに。

刷り上ったシャシンはどれもこれもあたしじゃないみたいだった。恥ずかしい。 でもこれがいずれあたしの遺影になるんだろうな、きっと。

永遠に続くかと思われた授業がようやく終わり、カゲミは珍しくのろのろと帰り支度をした。ぼんやりしたアタマで 校門を出ると前方に背の高い男の後姿が見える。カゲミはなんとなく後をつけてみた。

男はデパートに入っていく。エスカレーターを乗り継ぎ続ける。こんな上までエスカレーターか。エレベーターを わざと避けているのかな。アツモノに懲りてナマスを吹く、って社長がよく言ってるヤツか。

男は6Fの書籍売り場に入って行く。後に続くカゲミは売り場入り口に並ぶマンガ雑誌の中に「キャロットみき」という 名前を発見して立ち止まる。月刊アモという雑誌だ。新連載。無意識に手に取って立ち読みを始めてしまう。

キャロットみきの新作にただならぬ親近感を抱いたカゲミは2回読み返し時間を忘れた。あ、いけね。リーダーもう 帰っちゃったかな。

売り場の中に踏み込んだカゲミは背の高い男を児童書売り場で発見する。 コドモ向けの図鑑とか科学入門書が並んでいるコーナーだ。男は立ち読みをしている。カゲミは少し離れた位置から 様子を伺い、目を疑う。リーダーが泣いてる。目をうるませて本を読んでいる。デパートで児童書を立ち読みして泣く男。 あぶない。

いったい何を読んでるんだろう、とカゲミは角度を変える。男がページをめくる時に表紙が見えた。

シートンどうぶつき第一巻、という文字が目に入り、カゲミは戦慄を覚える。

そっか。リーダー、ロボの話を読んでたんだね。カゲミは書籍売り場を出る。

デパートの外に出ると強い西日がカゲミを出迎える。2度と戻ってこない今日が終わろうとしている。

あたしも、リーダーの率いる群れも、いずれみんな死ぬ。あたしはやがて群れを出る。追放されるのか、事務所の移動で離れる ことになるのかは、まだわからないけど。あたしはきっと群れの外でひとりで死ぬ。そしてリーダーは群れの中で。

あたしは消えてなくなるだけだ。でもね、リーダー、リーダーは死んだ後も群れの中にいるんだよ。メンバーたちの心の中に。 だから、泣くなよ。だいいち、そんなとこで泣いてたら変質者と間違われちゃうだろ。


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