放課後のコヨーテ 作:まりえしーる 発表日: 2005/08/03 16:00

いちにちの教科がすべて終わりカゲミは無言で教室を出る。誰とも言葉を交わさないのはいつものことだ。ガキに混ざって暮らすのは苦痛だ。下駄箱を開けるとラブレターが5通ほど入っている。いつものことだ。カゲミは手紙をすべてカバンに入れる。氏名・住所・ケータイの番号くらいは書いてあるだろう。事務所の名簿に登録しておけばいつか商売ネタとして活躍してくれるかも。

カゲミは駅に向かう道からはずれ細い路地に入る。大きな中華料理店の裏手にまわり、待っていた男から札束を受け取る。男が何か喋っている間、カゲミは札の枚数を数えている。数を確認したカゲミはカバンから取り出した包みを男に渡す。今日すべきことはこれで全部終わった。

路地を抜け本来のコースに戻ったところで背の高い女とすれちがう。その後10メートル程歩いた場所で挙動のおかしい男ふたりが電柱の脇に立っているのを見る。

シロートの尾行か。シロートには興味が無いが、尾行対象がなんとなく気になったカゲミは道路の反対側に渡ってから引き返した。アタマの弱そうな男ふたりを追い越し、背の高い女と車道を挟んで並ぶ。あのアホウふたり組は、アタマにブラジル国旗を巻いたこの女を追っかけてるらしい。交差点にぶつかると、女はカゲミのいる側へ横断歩道を渡ってくる様子を見せる。カゲミは目の前の店のショーウィンドウを眺めるフリをする。ウィンドウに映った背の高い女は美人だった。ひゅう。あのバカコンビの狙いはなんだろう。

突然背の高い女が走り出す。カゲミはさりげなく歩き出し、徐々にスピードを上げる。背の高い女の行く手には、男子高校生が歩いている。ありゃあ、あの後姿は。

リーダー。

カゲミは背の高い女が高校生に飛びかかるのを見る。おおっぴらにじゃれあってるぜ、けっ。ああ、そうか。あのひとがそうなんだ。カゲミはこれ以上追跡する気を失った。

そのとき、自分と同じ制服を着た小柄な3人の女子がそばにいて、彼女たちも同じ光景を見つめていることに気付く。

「誰だよ、あれ」「センパイってあーゆーの好きなのかな。そしたら勝ち目ないよ」「なことねーって。デカすぎだろ、ありゃ。背の高い男はちっちゃい女を選ぶってのが世界の定説だよ」

バカばっかりだ。一生ユメ見てろ、と立ち去ろうとしたところでカゲミは気になる言葉を背中で聞いた。

「そーいや最近ヘンなテンコーセーがセンパイとよくいっしょにいるって」「なにそれ。ふざけてるな」「シメてやんなきゃ」「ゼンは急げだよ。明日決行だ」

カゲミは犬歯を見せて笑った。あのガッコもちょっとは面白いところがあるじゃないか。もうこの3人のニオイは覚えた。暗闇ででくわしても識別できる。明日はコロンの趣味の悪い順にもてなしてやろう。

カゲミは小走りにスタートする。電柱すれすれに走り、その影から出てきた男の股間にカバンを叩きつける。「いたーい。あぶないですよお」。カゲミは顔をしかめ、地面にうずくまった男を見下ろす。もうひとりの男が相棒の異変に気付き「おい、どうした」とかがんだとき、カゲミは男のこめかみに素早くヒザを入れる。朦朧となった男が仲間の上に覆いかぶさるように崩れていくのに巻き込まれるフリをしてカゲミも倒れる。「なにするんですかあ」。カゲミは男の胸ポケットからサイフを抜き取り立ち上がる。「やめてよ、ヘンタイ。ケーサツ呼ぶわよ」と言い残してカゲミは駅へ向かう。

事務所に着くまでガマンできなくて駅のトイレでサイフをチェックする。クレジットカードに書いてあるのと同じ名前の名刺がある。芸能プロダクション?なーんだ。スカウトかなんかか。でもきっとアダルト・ビデオ専門のプロダクションだろ、こんなの。そう思わないと、なんかムカつくからさ。


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