アフター・ダーク 作:まりえしーる 発表日: 2005/07/30 11:00

トゥード・アズールはサンバ・チームだけあってメンバーにはお祭り好きが多い。今年は花火大会がキてるんだそうだ。メンバーたちはみんなで関東の花火大会は全部行く!と盛り上がってる。

今日は毎年97万人は集まると言われる超有名花火大会の日だ。みんな今頃は徹夜組が命懸けで確保した場所に集結してるんだろうな。

こないだのプールのアトラクション出演後の打ち上げは、今日の花火大会攻略のための作戦会議と化していた。「徹夜組には少年野球場開門後の場所取りまで頑張ってもらう。10時に交代して仮眠をとる、ってことで。じゃあまずアタマ数を確認しとこうぜ」

そんなハナシの流れにおびえて、エリカさんと俺は徐々に居酒屋の隅っこのほうに逃げる。「エリカ、なんか様子ヘンだな。まさかハナビ行かねーっつーの?」

「ごめん。あたしその日は予定入ってて。不参加ってことで」「ってことは少年もか」「え。あ、はあ」「おめーらあやしーな」「あやしい」「ふたりでどこいくんだよ」

てな感じで何故か自分のハナシになると固まるエリカさんはまたも石化してしまい、俺が集中砲火を浴びることに。小学生かてめーらは。ほっとけよ。と言いたいところだが、俺はチーム最年少の下っ端なので嵐が通り過ぎるのを待つ。ミエミエのバレバレなのに開き直れない俺たち。なさけねー。

前置きが長くなったが、要するに俺たちは後ろめたい計画を企てていたのです。

先週だったかな。「ヒカワくん、今年はスミダガワの花火を特等席で見れるよ」とエリカさんが言い出したんだ。なんと花火大会会場そばのホテルの予約が取れてしまったんだという。「ホテルでハナビ。セレブなデートだ。すげー」

「それがね、そのホテルってのがあ、実はブティックホテルってやつでえ、そのお、つまりですねえ、ぶっちゃけラブホです」「え。ラ、ラブホ」

エリカさんの口からラブホという言葉を聞くことがあろうとは。

そのホテルは浅草にあって、部屋からも屋上からも花火大会がばっちり鑑賞できるんだそうだ。部屋数が20しかないんでダメモトで電話したら、ちょうどキャンセルがあったらしく取れてしまったんだという。ま、カップルの寿命は短い、ってことかな。永遠の愛を誓ったはずなのに、わずかひと月後の予約まですら関係を維持できなかったりする。そーゆーもんだ。

それにしてもラブホというのは、俺たちにとっては高いハードルだ。自分でいうのもなんなんだが、俺とエリカさんは時代に逆行したとんでもなくオクテなコンビである。人前でプロレスごっこはできる、っつーかよくやってるけど、電車の中でキスとか、ああた、たとえパリにふたりで行ったとしても絶対ムリ。セックスだけに専門化したスポットにふたりで入るなんてアドベンチャー中のアドベンチャーだ。ふたりともそんな世界に足を踏み入れたことが無い。前人未到の秘境。もちろん前人は星の数ほどいるが。

「ラブホ、ってさあ、あのラブホのことだよね」「うん。たぶんそーだと思う。でもほら、花火見られるから。あはは」「そーだよね、あはははははは」

なんで俺たちは今だにこーゆー話題でひきつってしまうのか。ふたりっきりで部屋にいるってゆうのに。

ま、そんな裏事情があったところに、みんなでその花火大会に行こう、というハナシが出てきてしまった、というわけだ。ラブホ一泊花火鑑賞なんて恐ろしい計画がメンバーにバレてしまったら、と考えただけで熱が出そうだ。

夕方にチェックインするんだけど、会場周辺の駅の大混雑を予想して早めに現地に赴き、フナワのイモヨーカンとか買ったりして。俺はメンバーに出くわすんじゃないかと周囲に気を配りながら歩く。エリカさんがヒールのあるサンダルを履いてるから、俺たちはふたりそろってオーバー180なカップルなわけで。発見されやすいのだ。

花火も見たいけど、正直俺のアタマの中はラブホという言葉から派生するエロ妄想ではちきれそうだ。ああ、なんてガキっぽいんだろうな、俺って。蒸し暑いけど俺たちは雑踏の中を腕を組んで歩く。心頭滅却ってやつですか。暑さなんて感じない。そんなフーセンアタマで浅草をさまよい時間を潰した。

で、ラブホに着いた。本来入り口でキー取って部屋に入るだけ、というサイレントな流れのチェックインのはずなんだが、今日は予約がからんでるためチェックインにあれこれ手順を踏まなくてはならなかった。だが俺はアタマに血が昇ってて、どんな会話をしたのかまるっきり覚えてない。たぶんエリカさんもそうだ。なにがなんだか、という感じで俺たちは自分たちの部屋に入った。

ふたりでベッドに倒れこむ。「ぶひゃあー疲れた」。今時の若者であろうとすることは、なかなかに厳しい。とりあえず軽くキスしてみる。ああ。もう、俺は、今夜死んでもいいや。

窓の外を見てみようってことになる。「あっちが会場だね。ちょっと遠いけどこれはよく見えるハズ」。「屋上はさらによく見えるのかな」「屋上ってさあ、やっぱ他のお客さんもいるんだよね」「そりゃあ絶対そうでしょ。それはちょっと、ねえ」「ねえ」「やっぱ見るのはここでしょ」「ここしかないよねえ」。ふたりともシャイである。シャイ・アズ・ア・バイオレットである。だめだめである。だけどしあわせ。

ルームサービスの料理が届いた頃、遠くから歓声が聞こえてくる。花火大会のスタートだ。俺たちは窓にソファを向けて座り、冷蔵庫から出したビールを飲む。

スミダガワの花火は、実はけっこう小さいぞ、というハナシも聞くが、やっぱきれいだ。ふたりで寄り添って見るこの光景は忘れられないだろうな。

俺の隣にはエリカさんがいる。エリカさんの瞳の中に花火が映る。こんなに美しいものが、何故この世に存在するんだろう。なんでこんなキレイなひとが、俺なんかといっしょにいてくれるんだろう。どうして俺が見つめると、見つめ返してくれるんだろう。俺はエリカさんを抱き寄せる。エリカさんは甘くてやわらかい。

大会はラストの2千発連打に向け疾走を始めるが、俺たちは次第にお互いに夢中になり始めてしまい、結局のところ後半の花火はあんまり見ていない。恵まれすぎた環境がひとをスポイルするってのはこーゆーことを言うんだろうか。贅沢ってステキだ。

ふと外を見るとすでに花火は終わり世界は静寂を取り戻していた。ソファからベッドに移ろうと立ち上がったとき、エリカさんのケータイにメールが入ってることに気付く。

「エメからだ。特等席でいーわね、こっちはいつ会場を脱出できるかわかんなくてシニソー、だって」「え。それって、もしかして」。ここに入るところを見られたってことかい、エメさんやドレッドのひとたちに。

エリカさんは、もーどーでもいーわ、と叫んで俺に抱きつく。俺たちはベッドの海に沈んだ。


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