はなればなれ 作:まりえしーる 発表日: 2005/07/27 11:30

俺は走って〇大の構内へ飛び込む。建物の倒壊とかはなさそうだ。火事も起きてない。いかにも大学生ヅラした連中がユルい服を着てだらだら歩いている。普段と何も変わりは無い。変わり無くあってくれ。サンバの練習でしょっちゅう来てる大学だけど、実際のところ俺は練習場である階段教室と学食くらいしか知らない。エリカさんが講義を受けてる場所はどこなんだろう。せめてトゥード・アズールのメンバーに出くわさないだろうか。俺はキャンパスを走り回る。

「あ、おーい、オトウトくーん」。どっかから声を掛けられる。やった、メンバーだ。女子メンバーのアキさんが手を振ってる。俺は彼女のもとに走る。

「うわ、オトウトくん、すごい汗だよ。無事だった?ケガはしてなさそーだね」「ぜえ、アキさんも、ぜえ、ダイジョーブでしたか、ぜえ、と、ところで」「エリカ探してるんでしょ。すごい心配のしかただなあ。なんか圧倒されるわ。エリカはね、揺れが収まった後、突然教室を出て行ったの。モノ凄い勢いで。ちょっと待ってて」

アキさんはケータイをかける。「やっぱまだつながんない。もしかしてエリカ、オトウトくんのガッコに行ったのかも。キミのあわてぶり見るとそう思っちゃうよ。でも、そんなことあるのかな。ねえ、キミたちマジでつきあってるの?ウワサはホントだったの?」

その件はまたいずれ、と俺はその場を去った。エリカさんも俺を探してくれてるのかな。二次災害とかに合ってないだろうな。

俺には心当たりは一箇所しかない。走れ。カードケースなんかカゲミに頼んで、まっさきにエリカさんを探すべきだった。なにのんびりしてたんだ、俺は。俺は罰を受けるのか。これは罰だ。カゲミに欲情した罰だ。

俺はようやく例のコンビニに着いた。だが店の前のベンチは無人だった。おい、どーしてくれるんだ。お前のスケベ根性のせいですべてオシマイになろうとしてるんだぞ、フシダラでセッソーの無い俺よ。すべて俺のせいだ。エリカさんにもし何かあったら。

とりあえずベンチに腰掛け呼吸を整える。次はどこだ。家か。エリカさんが家の様子を見に帰るってのは大いにありうる。だいたいさあ、エリカさんがあちこち俺なんかを探しまわるなんてありえねーよ。俺にそんな価値があるわけねーじゃん。俺は最初からエリカさんのマンションに行くべきだったんだ、こんなとこ来ないで。俺たちが初めて出会った場所なんて、俺がひとりで勝手に特別な場所って考えてるだけでエリカさんは覚えちゃいないって。

だって、しょーがねーよ。俺はこんなくっだらない無節操なガキなんだからさ。あーあ。なんかむなしくなってくるな、なにもかも。全部俺が生きる値打ちも無いバカだってことがいけないのさ。くそっ、俺がすべてを失うのはしょうがない。ただエリカさんだけは無事であってくれないと困る。立て。早くマンションに行こう。

「つめてっ」。突然首に冷たいモノを押し付けられて俺は飛び上がる。「あはは、期待をはるかに上回るリアクションをありがとう」

俺の背後にスポーツ・ドリンクのペットボトルを持ったエリカさんが立っている。夢じゃない。エリカさんが立っている。なんだあ、店の中にいたんですかあ。「シャツが背中に貼り付いてるよ。なにこの汗。こんな日に走り回ってると熱中症になる恐れ、大だね。早くこれ飲んで」

「よかった」。俺はエリカさんを抱きしめてしまう。俺は水をかぶったように大汗をかいてる。体温も高い。汗臭いかも。でもかまうもんか。「よかった。無事でいてくれて。よかった」

なんと、エリカさんも俺に腕をまわしてくれる。「探したよ。キミのガッコに入り込んで教室まで覗いたのに。ヒカワくん、どうしていなかったのよ。探したよ。ひどいよ」

エリカさんの言葉は、俺のちっぽけなノーミソを木っ端微塵に粉砕した。「ごめん。センセに頼まれて買出しに行ってた」「ひどいよ」「ごめん」「ひどいよ」

この世界には俺には予想もつかない神秘が数え切れないほど潜んでいる。1秒後に何が起きるかなんて、俺にはこれっぽっちもわからない。過去の経験なんて未来の予測には何の役にも立たないって思い知らされることが、さらに起きた。エリカさんは声を上げて泣き出した。

ごめんなさい。もう二度と離しません。だから許してください。


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