カゲミとかかわったヤツは、どこかに閉じ込められるハメになる。俺は真剣にそんなことを考えてしまう。今回は雑居ビルのエレベーターだ。一体なにが起こったんだろう。停止前にかなりでかい揺れを感じた。単なるエレベーターの不調じゃないだろう。
「ケータイつながんないな」とカゲミが言う。「そっか。やっぱ大型災害だな。地震か」
エリカさんはどこでどうしてるだろう。大学で講義を受けてるはずだ。無事だろうか。
「このビルに火が出たら死ぬな、あたしら」「非常の際は、ってボタン押しても何も起こんねーし」「映画だとかならずエレベーターの天井から脱出する場面だ」「試すか」
カゲミを肩車して天井をチェックさせてみる。これがよくなかった。女性を肩車するのはアズサさん以来だ。スカートはいた女の股間にアタマをくぐらせると、アズサさんとの愛欲の日々の記憶が甦る。いかん。ここで欲情しては絶対にいかん。
天井灯のアクリル板をずらすと、ドラマでおなじみの脱出口が見える。
「開かないな。外からロックされてるみたいだ」「ま、現実はこんなもんだな。外から救出するためのクチで、逃げ出すためのもんじゃないんだろ」「ジャック・バウアーなら躊躇せず蹴破るんだろうけど」「そんなシーンあったっけ」「あるんじゃねーの。あんだけ長い番組なら」
カゲミを床におろす。「焦ってもしゃーねーな。気長に管理人が復旧させるのを待つか」
俺たちは床に座り込んだ。「お前、もう大丈夫なのか」「うん。それどころじゃないからね。ごめんな、今日はめそめそしてばっかで」「そんなときもあるさ」
「そんなにやさしくするなよ。甘えたくなる。つーか、甘えてもいいかな」「なに」「実は寒くなってきた」「このエレベーター、エアコンのコントローラーが無いな。管理室で制御してるんだろか」「また、くっついてもいいかな」「くっつくだけなら」「あたしにはそんな気は無いって前にも言ったじゃん、バカ」
俺は壁にもたれて座り、カゲミを脚の間に座らせた。背中から腕をまわしてやる。「あったかいな。なんか落ち着く」「そっか」「なんか気が休まるってゆーか。ヒカワくんの婚約者がうらやましい気がする」「そのハナシはしないでくれ。なんか後ろめたくなる」「なんで。なにもしてないぜ」「そーなんだが」「確かに腰に当たってるけどさ」「言うなよ」
カゲミは首をひねって俺の頬にキスをする。「あたしはさ、引越しが多いんだ。多分またすぐ事務所の移動がある。じきにいなくなる女なんだ。ここでなにかあっても、あとくされは無い。婚約者にも迷惑はかけない」
「そんなこと言うなよ。そりゃ失礼すぎる」「なに、失礼って。誰に対して」「ヒャクデンパタさんに。俺の婚約者に。それから俺に」「そーかな」「都合がいい、なんて理由で行動しちゃダメなんだ。ひとも自分も安売りしちゃダメだ」
「なんかカタイんだな。そんなこと言うヤツは初めて見た」「俺はカタイ男でありたい、って思ってる。うまくいってねーけど。カッコつけてても実際は」「硬くしてる男、か。ごめん、雰囲気ぶちこわして」「おめー、サイテー」
俺はカゲミを強く抱きしめてしまう。カゲミは「ふふふ、痛いよ」と笑い、俺の腕の中で身をよじり俺のほうを向く。俺たちは見詰め合った。
俺はカゲミのラフにカットされた髪をなでる。タフでルーズなやつなのに、もろくてこわれそうなのは何故なんだろう。カゲミの左胸が俺の胸に重なっている。俺の鼓動の荒さはカゲミに伝わってしまってるんだろうか。俺はカゲミをカワイソーだと思い、心の傷を癒してやりたいと思っている。でもそれは本当だろうか。単にカゲミとセックスがしたいんじゃないだろうか。理由や動機はともあれ、今俺はカゲミを欲している。
その時エレベーターのインターホンから男の声が響いてきた。「誰か乗ってますかー」。俺たちは立ち上がって答える。「乗ってまーす。待ちくたびれましたぁ」「すぐ一階に降ろします。お待たせしちゃってすいません。震度5の地震があって、あちこちで障害が発生してたもので。えーとそこのは低層階用の古いエレベーターなんで点検無しですぐ動きます」
エレベーターはちょっと振動してから下降を始める。もうすぐ地上だ。気付くと俺はカゲミに両腕をまわしたままだ。俺はカゲミの額にキスをする。
「群れのリーダーのキスだね」とカゲミが笑う。「いつから俺がリーダーなんだよ」「生まれついてのリーダーなんじゃないかな」
もし雑居ビルに入らなければ俺たちが地震が起きた時間に歩いてたであろう場所に大きな看板が落ちていたことを除けば、街は平穏なままだった。それでもカゲミのケータイは通じない。俺は緊急時に備えエリカさんとふたりでPHSを買おうと考えた。加入者が少ないから、災害時には絶対役に立つだろう。
「ヒャクデンパタさん、ごめんな」「なにが」「なにがってことすらもわからないバカな俺でごめんな」「わけわかんねー男だ。けど、今後もよろしく頼むぜ、アイボー」
俺は自分の揺らぎやすさを思い知らされた気分だ。いつまでたっても優柔不断だよ、俺。今後が心配である。
ノジマ先生にカードケースを届けに行くと、先生はいきなり俺たちふたりを抱きしめた。「よく帰って来てくれた。俺はお前たちを殺したと思ったぞ」
「センセ、おーげさ」「お前には俺の気持ちは絶対わからん」
先生は泣き出してしまい、俺とカゲミはかなり困った。センセ、俺早くガッコ抜け出してエリカさん探しに大学に走って行きたいんですけど。