コイザ・フェイタ 作:まりえしーる 発表日: 2005/07/23 13:00

2005年の夏はホルターネックの水着が流行りました
「こりゃー焼けるよ。すごい天気になったね」

今日俺たちトゥード・アズールは国営〇〇公園の中にあるプールに来ている。プール開きのアトラクションで呼ばれたんだ。〇〇公園は在日米軍基地跡地に作られたというだけあってめちゃくちゃ広い。サイズ表記の単位は「ドーム」なんだろうな。ドーム40コ分、みたいな。ここのプール施設は、だだっぴろいエリアにいろんなタイプのプールが並んでる。俺たちはその中をサンバをかき鳴らして行進するわけだ。

暑い。これこそ夏じゃありませんか。「当プールはサンオイル使用禁止です」というアナウンスを聞きつつ、メンバーはみんなUVケアに余念が無い。俺は今エリカさんに背中にオイルを塗ってもらって、固まっている。エリカさんの手がやわらかくて、すげー恥ずかしい。みんな自分に夢中で誰も俺たちを見てやしないってのに。

「はい、できた。ヒカワくん、コータイだよ」とエリカさんが俺にオイルを渡す。「こ、コータイ?」「お願いね」。エリカさんは俺に背中を向けて座る。

ああ俺は今、白昼に、オテントサマの下で、愛する女性の背中にオイルを塗っています。こんな甘っちょろいことをしていていーんだろーか。去年の夏までは、海やプールでこんなことしてるカップルを眺めて「けっ」とかツバ吐いていませんでしったけか、俺。

朝いっしょに家を出て、チームの集合場所にふたりで合流するときも俺は死ぬほど恥ずかしかった。みんなの視線が痛い。誰もそれほど見てないってのに。なんで俺はエリカさんのように堂々としてられないんだろう。

俺はヌルくなった。なのになんでこんなに幸せなんだろう。

オイルマッサージはエロい。ただでさえ緊張で動作がぎくしゃくしているってのに、俺は、あろうことか、直立するのがはばかられる状態になってしまい、自己嫌悪でプールの底に沈みたくなってくる。

「ありがと。あれ?どうしたの」。振り向いたエリカさんが俺の異変に気付く。困ったことにエリカさんまで真っ赤になって固まってしまう。なんでですか。俺は視線をエリカさんの胸の谷間からはずせなくなり、泥沼のさらなる深みにはまりこむ。

「おめーらは中学生か」という声とともに俺は蹴り倒された。気まずい表情で正座して向かい合ってる俺たちを見て、ドレッドのひとが救出に来てくれたんだ。「ほらほら少年こっちだこっちだ」。俺を引っ張って立たせプールの方へ連れて行く。急に他のメンバーも集まってきて俺を抱え上げ、「せーの」の掛け声と共に俺をプールに投げ落とす。競艇選手がやる水神祭ってやつですか。

「わははははははは」

「当プールは悪ふざけアーンド飛び込みは禁止です」というアナウンスが響く中、水面に顔を上げた俺をプールサイドでメンバーたちが笑っている。その中にエリカさんまでいやがる。立ち直り早すぎ。

「よーし、そろそろ出番だぞ」とリーダーが言い、みんなプールサイドから去っていく。俺は置き去りかよ。ひでーやつらだ。でもこんな祝福って、悪くない。俺はふっきれた。

今日はアトラクションで戦隊ショーもあるため、ガキが大量に集まってる。「ぎゃる以外の客はいらん。乗らねーな、こんなんじゃ」といいつつドレッドのひとは気合十分だ。「いくぜっ、野郎ども」とエリカさんが吼え、リーダーがホイッスルを吹き鳴らす。俺たちのサンバがだだっぴろい公園に轟き、プールの水面を揺らす。戦隊ショーの司会のおねーさんが踊り狂ってるのが見える。スルドよ、俺のミュートで司会のおねーさんに16分のウラを感じさせてやってくれ。ハネてくれ。踊れ、ブルー、ピンク、イエロー。

もうすぐ夏休みだ。でももう夏はとっくに始まっている。日本の夏は短い。貪欲にむさぼらないと夏はすぐどこかに行ってしまう。

出番が終わった後俺たちは泳いだり、戦隊ショーを見て怪人にいじられたりして過ごした。炎天下に着ぐるみでショーをやるひとたちの苦労は涙ぐましい。でも子供たちにあんなに支持されたら報われた気持ちになるだろーな。

流れるプールで俺とエリカさんが回遊していると、「あ、サンバのひとだ」という子供の声が聞こえた。エリカさんが笑って手を振る。

「ガキにサンバわかるのかな」「子供の頃の気持ちを思い出せなくなってるんだね、ヒカワくんは」「オトナにもなれてないけど」

「よしっ、部族の儀式でオトナにしてあげるっ」とエリカさんは俺の背中に乗って俺を水の中に沈める。ぶくぶくぶく。水没しても自分が羊水につかっていたころの記憶が甦ってくるなんてことはない。ホントに小さかった頃の気持ちも思い出せない。俺はある日を境に今の俺になり、そしてコンニチにいたる。それ以前の自分は誰だったんだろう。何をどう感じて生きていたんだろう。輝く目をして戦隊ショーに夢中になってたりしたんだろうか。俺は反転してエリカさんを抱きしめる。母親の指や幼児ベッドのケージを握り締めていたはずの俺の手は、今じゃこんなに大きくなって、エリカさんをつかまえている。エリカさんをつかまえるために、俺の手は用意されていたのか。

「はい、そこのカップル、当プールは悪ふざけは禁止です」

俺たちはライフガードに手を振る。あいつも「けっ」と思ってるんだろうな。

「俺、エリカさんに言わなくちゃいけないことがあります」「なに、急に」「死ぬほどエリカさんが好きです」「あはは、暑さで狂ったか」。エリカさんは俺にヘッドロックをかけ、その体勢で俺たちは流れていく。

こまめに日焼け止めを塗り直していたエリカさんが涼しい顔をしているいっぽう、酔っぱらいよりも赤い顔した俺はその夜、フロで死ぬほど痛い思いをした。


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