ランチ・ウィズ・ア・コヨーテ 作:まりえしーる 発表日: 2005/07/20 10:30


エリカさんが涙が出そうなくらいやさしくしてくれたおかげで、俺はガッコに行くのが死ぬほどつらい。できれば休んでエリカさんの部屋にずっといたい。でもな。俺はフツーの高校生がしないことをしようとしてるコーコーセーだから、フツーのヤツ以上にフツーのことをキチンとやんなきゃいけないんだ。俺は多少は社会ってものがわかってる。中身がカラッポの俺みたいな男を信用してくれてるひとたちを失望させたくない。ちゃんとしよう。それが男として守らなきゃいけない最低のルールなんじゃないかな。違うか。ちゃんとできてるかどうか、あんま自信ないけど。でも努力だけは、しよう。

泥沼の午前中の授業が終わり、昼休み開始のチャイムが鳴ってほっとしたとき、誰かの視線を感じた。カゲミが俺を見ている。そして人差し指を天井に向け、席を立ち、教室を出て行く。俺は特に何も考えず後につづく。野生動物の群れがやる行動みたいだ、と思いながら。

階段を登る途中、ふたりきりになったところでショッピングバッグをぶら下げてるカゲミが口を開く。「臨時収入があってさ。そしたらチョーシに乗って昼メシ買いすぎちまった。片付けるのに手を貸してくれると助かる」

屋上には何人か他の生徒がいたが、俺とカゲミが歩いていくと何故かみんな消えていく。たぶん決闘が始まるとでも思ってるんだろう。

昨日熟睡したいつもの場所で俺たちは腰を下ろした。カゲミはショッピングバッグの中身をひろげる。ハンバーガー12個と牛乳2パック。見るとハンバーガーは全部チキンフィレサンドだ。

「いつ買ったんだ、これ」「休み時間にガッコ出て買ってきた」「全部同じモンか」「うん。頼むの楽じゃん」「そりゃそーだ」「文句あるわけ」「文句じゃねーけど、言いたいことがひとつある」「なに」「すげーありがてえ。いただきます」「れ、礼なんか言うなよ。買いすぎて後悔してんだ。別にヒカワくんのために買ったわけじゃない」

こいつ照れてるんだ。照れてるやつにはツッコミを入れないのが男同士のオキテだ。あ、カゲミは女か。でも男として認めてやろう。

俺たちはチキンフィレサンドを食い始めた。

「くせなんだ。時々やっちまう。食べきれるわけない量の食べ物を買い込んじゃうんだ。買い始めると止まらなくなるときがある。意地で全部食うけどさ。次いつ食べられるかわからないって気持ちがあるのかもしれない。でも急にバカ食いしたらコンディション崩しちまう。コンディション不良は命取りになる。わかってるんだけど。胃袋よりも心が飢えてるのかもしれない」

「今日もよくしゃべるな」「あ、わり。食事の邪魔だね」「そーじゃねえ。俺、お前の言ってることよくわかる気がする」「ムリしてハナシあわせなくていーよ」「俺もやるんだ、バカ買い」「うそ」「ホント。でもよ、ハンバーガー12個ってのは規格外だよな」「やっぱそーか」「たりめーだろ」「あはは、そーだね」

俺はこのとき初めてカゲミの笑顔を見た。バカ買いっつったって、最初から俺の分も考えて買ってきてくれたのは明らかだ。いつかお返しをしてやろう。

俺は4個目を食べ終える頃、もうこのへんで終わろうかと思い始めた。しかしカゲミが5個目に取り掛かるのを見て燃えた。その流れで6個目も食っちまった。

「あー食ったな」「むこう半年はチキンフィレは食わなくていーや」「食いすぎで後悔してねーか」「実は、少し」

俺たちはダレ始め、結局横になってしまう。

「ねえヒカワくん」「なに」「あれ半分だけ食って、残りを放課後に食ってもよかったのかな」「そーゆー生き方もあるかもしんねーな」「だけど夏だし、悪くなるかも」「ないとはいえない」「どっちにしても、バカかな」「バカ、だな。かなり」「くるしー」「なんで全部食うんだよ」「意地になって6個も食うバカ男がトナリにいたもんで」「どっちのセリフだそりゃ」

空が青い。今年はまだセミが鳴いてないな。毎年こんなもんだったっけ。

「もしドーブツに生まれ変われるとしたら、なにになりたい」。カゲミがトートツな質問をしてきた。「なんだろな。狼とか」「そっか。いーね。あたしも似てるけど」「なに」「コヨーテ。コヨーテになりたい。もう人間はこりごりだ」

お前はすでにコヨーテみたいだけどな。

「なんかさあ、あたしはヒカワくんと同じ群れなんじゃないかって気がしてるよ」「じゃあ遠吠えでもするか」「うぉるるるおおーん」「一生やってろ」

なんとなく俺たちは眠ってしまった。目を開けたら夜になっていた。


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