同じ星の下で 作:まりえしーる 発表日: 2005/07/19 15:00


俺はどうしていつも寝不足で、おまけにハラを減らしているんだろう。特にここんとこ、エリカさんとの婚約騒ぎのおかげで寝不足がひどい。多忙なんだ。ガッコには一応来てるんだけど、授業中も休み時間も眠りっぱなしというありさまだ。早く夏休みにならないかな。でも今夜は久しぶりに何もすることがない。そう思ったら放課後になったとたん、猛烈な睡魔に襲われる。とても家まで帰りつけそうもなかったんで屋上で寝ることにした。2時間くらい眠ろう。

屋上のスミ、俺がしょっちゅう寝てる場所になんとかたどりつくと、なんと先客がいた。そこには女子がひとりぶったおれている。

「なあ。行き倒れなのかな。眠ってるだけなのかな。死んでるんならキューキューシャ呼ぼうか」と声をかけてみた。

「寝てる。ほっとけ」「あっそ。邪魔したな。俺も寝るんでよろしく」。俺は女子と3メートルほど離れてカバンをマクラにして横になった。

目を閉じて、目を開くと、星空がひろがっている。夜になってたんだ。やべ。何時間たったんだか見当もつかない。あ、もしかして、と思って階段をチェックしにいくと不安が的中、ドアがロックされている。あーあ。

寝てた場所に戻ると、さっきの女子がまだ眠っている。「なあ、ドアにカギかけられちまった」と声をかける。

「うあーあ」と女子がうめく。目を覚ましたらしい。コンクリの床でよく熟睡できるもんだ。でも俺もそうか。

「今何時ぃ?」「トケー持ってねえ」「じゃあケータイは」「持ってねえ」「なんで」「こないだ殺人鬼に踏み潰されてそのまんま」「なんだそれ」

女が上半身を起こす。顔を見て、こないだクラスにやって来た転校生だとわかった。全身がひきしまった感じで、走り高跳びの選手みたいな体型。かわいいけどスキが無さそうな顔。

まりえが突然退学し、空いた席にすわることになった転校生。俺が私生活方面で手一杯でいる間に、まりえは退学してたんだ。なにがあったんだろう。アイサツもなしでやめてくのは水臭いような気もする。その程度のつきあいだったような気もする。その後この女が転入してきた。俺は遅刻したせいで、この女のクラスデビューを目撃していない。

「ヒカワくん、だね」と女が言う。「えーと、ヒャク、ヒャクデン」「ヒャクデンパタ。言いにくいだろーからカゲミでいーよ」

この転校生と話すのは初めてだ。「なんで俺のこと知ってんの」「クラスの女子の会話にしょっちゅう出てくるから。あんた、ニンキモンだね」「あっそ」

俺はまた横になった。「ヒャクデンパタさんは家に帰れないとまずいんじゃねーの」「なんで」「なんとなく」「朝になればカギあくだろ」「「それは間違いない」「じゃあそれでいい。ヒカワくんは」「俺は寝る」「そ。じゃあおやすみ」「おやすみ」。俺たちはお互いに背中を向けて眠った。

夜中に気温が下がってきたのを感じて目をさます。夏なのに。「ねえ」。ヒャクデンパタさんが声をかけてきた。「なに」「ヒカワくんもやっぱ起きたか」「だからなに」「寒い」「そう」「ねえ」「なに」「寒いんだ。ヒカワくんにくっついてもいいかな」「好きにしろよ」「ありがと」

ヒャクデンパタさんが俺の背中に寄り添ってきた。確かに背中があったかい。

「ねえ」「なに」「もうちょっと環境を改善しよう」「どうやって」「抱き合ったほうが熱を有効に使えると思う」

女ってめんどくさい。俺は彼女のほうに寝返りを打った。ヒャクデンパタさんは俺にしがみついてくる。俺は彼女に腕をまわす。「ほら、ずっとあったかいよ」「あっそ」「でも誤解するなよ。誘ってるわけじゃないんだ」「知ってるよ」「ヘンな気起こすなよ」「おめーハナシなげーな。黙って寝られねーのか」「目がさえちまった」「俺は寝る」「ヒカワくんって変わってんな」「そう」「ホモなのか」「なんだそりゃ」

「ほぼ初対面の女と抱き合ってるのに、よくヘーキで眠れるもんだって思っただけ」「眠いからな」「女にキョーミないのか」「そりゃあ、ある」「じゃあ、あたしには無いってことか」「ヒャクデンパタさんはかわいいよ」「心が入って無いセリフだな。性欲は湧かないんだろ」「俺さあ、婚約者がいるんだわ」「はぁ?なにそれ。イイナズケってやつ?親が決めた相手とかいうの?明治時代カルチャーか。シラカバ派か」「思いついたことテキトーに並べるのはやめろ」「婚約してるのと性欲は別問題だろ」「俺は愛情と倫理と性欲が一致してんだよ、常に」「婚約者一筋の性欲なんだ。どんなひと」「もう充分だろ。自分のプライベートなハナシは好きじゃないんだ」。俺はしゃべりすぎたと思った。ちょっと自己嫌悪を感じる。

「ヒャクデンパタさんってよくしゃべるんだな」「意外だった?」「クラスじゃいつもブスっとしてる。誰かと話してるの見たこと無い」「あれがホントの顔だよ」「じゃあ今は」「男と密着して、かなり動揺してる」「意識すんな。毛布だと思えよ」「そりゃムリだ」

なんだ、ちょっとかわいいとこあるじゃん。

俺はうとうとしはじめた。「寝るなよ。つまんねーから」「おめー勝手なやつだな」「ちょっとなら触ってもいいからさ」「ありがたい気もするが、いいや」「なんで」「さっきの話、全然聞いてねーな」「ああ、婚約者か」「それが第一なんだけど、ハラ減っててそれどころじゃねーんだ、実は」「そーいや晩飯食ってないな」「眠れば忘れちまう」「ヒカワくん、なんかビンボーに年季入ってそうだな」「否定できない」「あたしもずっとお腹すかしてたんだ。ガキの頃はさ。なんか他人と思えねーや。今時ビンボーは、はやらないから」

夜中の肌寒い屋上で、コンクリの床の上で、ビンボーという境遇で共感しあう男女。情けなくて泣けてくる。

そのときヒャクデンパタさんのケータイが鳴った。彼女は飛び起きて俺に背を向ける。「はい。はい。帰ります」

電話を切ったヒャクデンパタさんはカバンを拾い上げる。「あたし、帰るわ」「はぁ?」「朝、出て行けって言われたんだ。でも今、帰って来いって言われた」

表情が乏しい女だけど、なんとなく嬉しそうな顔をしてるような気がする。そーいやこいつの笑顔をまだ一度も見てないな。

「そう。よかったな」「うん」。仲がいい親子なんだろな、たぶん。「でもどーやって帰るんだ」「おいでよ」

俺たちは屋上の出入り口に向かった。ヒャクデンパタさんはカバンからジャラジャラ何かを取り出してドアノブの前にかがみこむ。

「開いたよ」「はぁ?」

俺たちは階段を降り、ヒャクデンパタさんの誘導に従って歩き、最後は窓から外に出た。警報装置を避けて通ってきたらしい。世の中にはいろんなひとがいる。いろんな特技を持ってるひとがいる。そういうことだ。俺には彼女がそんな知識や技術を身につけてることについて詮索する理由がない。ヒャクデンパタさんも俺の婚約のこととかを誰にも言わないだろう。理由もなく俺はそう思う。

校門の前でお別れだ。「じゃあねヒカワくん」「ああ」

俺はどこに行けばいいんだろう。こんな時間じゃなあ。何時だか正確にはわかんないけど。

ちょっと迷ったけどエリカさんのマンションに向かって歩いてしまう。あつかましいマネはしたくない。でも。

エリカさんのマンションが見えてくる。エリカさんの部屋を見上げると、なんと、灯りがともっている。ベランダに人影が見えて、俺は立ち止まる。ベランダに立つ姿は逆光で顔が見えない。でも視線が俺と合っているのがわかる。

すると人影は室内に消える。照明が消えマンションが黒い巨大な影になった次の瞬間、その部屋から幾千万もの星々が輝き始める。

俺はエントランスまで一気に走った。


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