尾行 作:まりえしーる 発表日: 2005/07/15 16:00


サイトーさんを初めて見た日から3日が過ぎ、今カゲミは家を出たサイトーさんを尾行している。今日当たりやるんじゃないかな、ア・キ・ス。現場で刺してあげよう。サイトーさんと同じ事をやってみたい。もっともあたしには、あんなひねくれた死の演出はできないけど。サイトーさんはどんな顔して死ぬのかな。

サイトーさんが古びたアパートの2階に上がっていくのを見る。決行か。カゲミは短いドリルの音を確かに聞いた。やったな。やっぱりサイトーさんがあの女だったんだ。確信してたわけじゃないけど、うまくいくときはこんなもんだ。少し遅れて入っていこう。カゲミはアパートの前を通り過ぎる。滞在時間は10分前後だろう。5分後に突入だ。カゲミは、サイトーさんが入った2階の一番奥の部屋のドアが見える場所を見つけ、そこで待つことにする。

さて、そろそろ行くか、とカゲミが思ったときに、ジーンズの尻ポケットに突っ込んでいたケータイが振動する。見ると社長からだ。ちっ、と思うがカゲミは通話ボタンを押す。あたしは社長には絶対服従する。あたしを拾って育ててくれたひとだから。

「カゲミ、戻れ。事務所をたたむぞ」「なにがあったんですか」「密告だ」

ガサ入れがあるのか、敵対組織の襲撃か。どっちでも同じことだ。「社長、例の女がすぐそばにいます。刺せます」「ばかやろう、すぐ戻れって言ってるんだ。それどころじゃない。お前は俺を守れ」「わかりました」

1分あれば殺せた。刺したかったな。カゲミは事務所に戻ることにした。その1分で社長になにかあったら。

歩き始めようとしながらカゲミは、サイトーさんがまだ部屋から出てきていないことを不審に思う。時間かけすぎだろ。けっこうルーズな仕事をする女なのかな。そのとき部屋のドアが開くが、中から現れたのは太った男だ。カゲミは目を疑う。太った男は満面の笑みを浮かべ、ドア脇に設置された洗濯機に衣服を入れ始める。

カゲミにはその洗濯物が自分が尾行していた女が着ていた服に見える。小物がドジ踏んだだけのことか。その時点でカゲミの頭からは、社長を守ること以外のすべてが消えた。


前へ 目次 次へ
inserted by FC2 system