職能 作:まりえしーる 発表日: 2005/07/14 18:00


カゲミはネットカフェのフルフラットシートに横たわっていた。下着ドロボー転落死事件と酸欠オナニー死事件に関する情報を検索し、事件の概要をだいたいアタマに入れたところだ。少し眠ろう。しかし疲れているはずなのに、徹夜続きで妙に神経が高ぶっている。眠れない。

ふたつの事件両方を同じ女が仕組んだとしたら。女はなんのためにその場にいたんだろう。どちらも男が奇妙な死に方をしただけの事件。他になにも起こっていない。女はそこでなにをしていたんだ。たとえば、盗みが目的で侵入したが無人と思っていた場所に男がいた、と仮定する。それで事故や自殺に見せかけて男たちを殺し、何も盗まずに逃走したってのはどうかな。オフィスは見方によっては宝の山なのに、女は手をつけていない。つまり、重いものを運ぶ気が最初から無い単独犯ってことか。データにも関心を持ってないようだ。データを金に換える技術も横のつながりもない、日銭を稼ぐだけの一匹狼の空き巣常習犯。そんなところか。小物だ。

でも小物にしてはやることが徹底している。躊躇なく殺しまでやる空き巣。しかも屈辱的な死にかたを男に演じさせることを楽しんでる気配がある。そうか。

この女は、男を殺したいがために空き巣をやっているんじゃないだろうか。男と遭遇することを期待しながら他人の家に忍び込んでいるんじゃないだろうか。

空き巣が本業だとしたら活動時間は昼間で、ターゲットは民家がメインのはずだ。下着ドロボーの件はビル荒らしだから夜間に起こっているが、本来はヤスイさんを殺した時刻あたりに盗みをやってるだろう。毎朝同じ時間に家を出るような、まともな勤め人のフリをして暮らしているだろう。

そんな女をどうやって見つけたらいいんだろう。アタマが良さそうだから、犯行前には下見をしているかもしれない。していることにしよう。すると、犯行現場からあまり遠くには住んでいないんじゃないかな。遠いと何度も通うのめんどうじゃん。

あれこれ考えているとどんどんアタマが冴えてくる。眠気は襲ってこない。カゲミは事務所に帰ることにした。事務所の床の上のほうがまだ眠れそうだ。

事務所とは名前ばかりで、実は普通のマンションの一室だ。そのマンションの前に来たとき、スーツ姿の女がエントランスに入っていくのが見えた。カゲミは興味を抱く。女は大きなカバンを持っている。そこから取り出したパンフを郵便受けに入れている。

「あのー、保険屋さんですか」。カゲミは女に声をかける。「はい、〇〇生命でございます。お邪魔しております」「知り合いが保険のハナシ聞きたいって言ってるんだけど」「まあ、それはありがとうございます」「そのひと、住所がここじゃないんだ。保険屋さんって担当エリアとかあるのかな」「ええ、おおざっぱにですけど」「〇〇町なんだけど」。カゲミはヤスイが殺されたエリアの名前を告げた。

「そちらでしたらワタクシの担当ではありませんので、担当の者にうかがわせますので是非ご住所を教えてくださいませ」「あ、こっちの都合があるんで、担当のひとの連絡先を教えてもらえないかな」

ではさっそく、と保険屋はオフィスに電話する。「〇〇町はサイトーさん担当でしたよね?サイトーさんの番号教えてください。え?担当変わった?イマニシさんに。知らないかただわ。じゃあ、そのかたのケータイ番号をお願いします」

カゲミの背筋がうずく。最近起こった担当替えだって?。「ねえ。ちょっと待って。その知り合いはサイトーさんってひとと会ったことがあるって言ってた。もう一回サイトーさんからハナシ聞きたいって言ってたな。サイトーさんのほうの連絡先を教えてくれない?たぶん知り合いはサイトーさんが気に入ってるんだよ」

「ああ男性なのね、そのお知り合いのかたは」と保険屋は微笑む。サイトーさんは美人なんだな、たぶん、とカゲミは想像する。保険屋は電話に戻り「やっぱりサイトーさんの番号をお願いします」

カゲミはサイトーさんの電話番号を手に入れた。別にこの番号に期待してるわけじゃないけど、ま、なんにも手がかりが無いよりはいいんじゃないかな。カゲミは硬い床の上で眠るために階段を登っていった。


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