2、3の些細な事柄 作:まりえしーる 発表日: 2005/06/24(Fri)


サエコさんから3日後に退院することになったと聞かされた。よかった。ホントによかった。ハッピーな気分で病院を出ると、駐車場にハーレーにまたがったドレッドのひとがいる。「よお。ここにお前が入っていくの見たんで待ってた」と言いながらメットを俺に投げてよこす。「乗るだろ?」「いいっすね」。俺は笑った。

やっぱバイクは気持ちいい。ハーレーの加速はたまらない。サエコさんの退院もうれしい。「少年、ごめんな。お前に面倒な役押し付けちまって」、とドレッドのひとが大声で言う。「あ、ええ。でも問題ないっす」「大変だろーが」「そりゃまあ、ちょっとは」「お前には悪いが、俺はエメといっしょにいたいんだ。身勝手ですまねえ。俺は逃げた。ヒキョー者だ」「エメさんといっしょにいたい気持ち、わかります。それに俺、けっこう楽しんでやってるから」「うそつけ。お前、いいやつだな」

今日は梅雨の中休みで日差しが強い。だけど風のにおいが初夏の頃とはちょっと違う。もうすぐスチームローラーのような夏がやってくるんだろう。

「ねえ、アキヒロさん」、俺は勇気を出し、気になっていることを聞いてみることにした。「エリカさんを送ってってぇ、迫られちゃったことありますか」「なに?お前エリカに迫られたのか」「え、いや、そんなことは」「迫られたんだ。お前スゲーな。本物だ」「本物?」

「エリカは酔っ払うからさ、前は下心のあるやつらが送ってったりホテルに連れ込もうとしたりしてたんだ。で、全員撃退された。ノックアウトだ。物理的にのされた。最後の男が肋骨折られてから誰もエリカには手を出さなくなった。そんなわけで同期で下戸の俺が飲み会後の爆弾処理班にされちまったんだよ、自然と。だからよお、あいつの方から男に迫るなんてとても信じられん。マジかよ。俺も何度かひとりで送ったけど、おっかねえから何もする気はなかったし、エリカからも当然何のアクションもなかった。酔っぱらい特有のトークをだらだらしてるだけだった。いつもあいつのマンションのエントランスでバイバイして終わりだ。俺とお前のふたりで送ってたときもそうだっただろう?あいつの部屋に入ったやつはいねー。お前、入ったのか?」

「え、あ、まあ」「スゲーな。お前、本物の猛獣使いだ」「いや、マジ何もしてないですよ。エリカさんが酔ってただけで、ジョークみたいなもんで」「何も言うな。ウソもホントも言わなくていい。たとえ聞いても俺は誰にも話す気ないし。なあ、少年」「はあ」「エリカのこと頼む。あいつ、いいやつじゃねーか。でもあのままだとおかしくなっちまう。あの酔い方は、なんか問題抱えてる証拠だ」「はあ」「身勝手な言い草だが、お前はエリカに合ってるって最初から思ってた。今の話聞いてますますそー思う。お前ならエリカをなんとかしてやれそーな気がする。そもそもお前は、エリカが気に入って引っ張ってきた男だしな」「そんなヘビーなことは俺にはムリですって」「お前がいっしょにいるだけで、ヤツは救われてるかもしれんぜ。その程度でいいんだ。軽く受け止めとけ」

俺はそのあとエメさんに関するノロケとグチを聞かされた。あの無口なエメさんが、ねえ。はぁ、そうでしたか。女ってめんどくせーよなー、というのが俺たちの結論だ。

スーパーの前でドレッドのひとと別れる。やっぱ、あったかいひとだ。そう思ってしまう俺は甘いのかな。ともかく、エリカさんが誰にでも迫るようなひとなんかじゃない、ってわかって安心した。暴力の達人だってのは驚いたが。さて、俺にはもうひとつ済ませておかなければならないことがある。

家に帰って、当然のことながらセックスの後ではあるが、俺は今日二度目の勇気を出してアズサさんに話を聞いてもらった。「たぶんアズサさんは知ってるだろうと思うんだけど、俺、最近エリカさんってゆーひととよく一緒にいるんだ」「うん、知ってる」。やっぱり。「でさぁ、もし間違ってたら怒ってください。俺思うんだけど、俺に言い寄ってくる女に対してぇ、アズサさんは、いつも、とりあえず最初は」「意地悪をする。ふふふ」「やっぱり?ホントにそうだったの?」「あはは、クセになっててさ、やめられないんだわ、これが。イヤな女だよねー」「ホントだよ」。俺たちはしばらく大笑いした。笑っていいことなのかどうか俺にはわからないが、おかしくてしょうがない。そーいえば、まりえが長いことガッコ休んでるな。あいつも最初はひどい目にあわされてたっけ。

「でもさ、エリカさんの身には今のところ何も起こってない気がするんだ。ウソついても意味無いから正直に言うけど、俺とエリカさん、けっこうきわどい場面とかあったんだよ。きわどいってだけで何もしてないけど、ごめんなさい。でも、アズサさんはエリカさんのこと、スルーしてるってゆーか。意地悪とかしてないでしょ。それは一体」「聞かれたから答えるけど、言っていい?」。どきり。「言ってほしい」

「あの娘はちょっと特別なような気がするの。バージンだし」

はぁ?あの猛獣が処女?い、いや、それも十分衝撃の情報だけど、そんなことがわかっちゃうアズサさんもコワイんだけど、それよりも。「ば、バージンだから許すってこと?」「まあそれもあるかなあ。なんでだかはあたしにもよくわかんないんだけどね」

俺にはもっとわからない。「それは俺がふらふらと出来心でアヤマチを犯してしまっても相手がバージンならオッケーとか、そんなんじゃないでしょ」「もちろん。相手が誰であろうと、ヒカワくんが他の女とキスするなんて考えただけで悲しくなるよ。浮気なんてされたら、あたし狂っちゃうかも」。こんなこと言われたのは初めてだ。「で、でもエリカさんをどうこうしようとは思わないんだ」「うん。なんでだろね。あの娘をいじめる気は起きないの」「でも俺が浮気するのは許さない、と」「うん。浮気なんてしちゃだめ。あたしを泣かせないで。あれ、なんか嬉しそうだね」「なんかアズサさんに愛されてるような気がして」「ははん、キミはコトバで聞かされないとあたしの気持ちがわからないってことか。あんまり自分に自信が無いのかな、キミは。あたしのコトバなんかでいい気分になってくれるなら、もっと言ってあげる。ヒカワくんが好き。大好き。愛してる。ヒカワくんはあたしのもの。誰にも渡さない。あたしはヒカワくんだけのものよ」「なんか夢みてー。俺、明日への活力が湧いてきちゃった」「あ、ホントだ。じゃあせっかくだから」

俺はハッピーだった。バカハッピーバカだ。気がかりだったことがいくつか解消されていい一日だ。でも本質的なこと、もっと重大な問題を先送りにしていることには変わりがない。

たとえばこんな問題とか。俺はこれからエリカさんとどうつき合っていけばいいんだろう。いや、考えるまでも無い。

「アズサさん、俺はもうエリカさんとは会わないよ」「なんで?」「はぁ?」「あの娘のことは大切に守ってあげなさい」「はいぃ?」「よくわかんないんだけどさ、あの娘はヒカワくんにとって大事なひとになるような気がするの」「何を言ってるんだか全然わからない」「じゃあわかりやすく。浮気はダメよ、絶対に。でもあの娘は守ってあげなさい」

二律背反ってこーゆーことだっけ。違うよーな気がする。ダブルバインド?ダブルジョイント?間接ワザが効かないのはどっち?わかんねー。「俺にとって大事なひとって、なに?」

「だから、あたしにもよくわかんないんだって。そーね。たとえばあの娘が将来、ヒカワくんのお嫁さんになるとか」

はぁ?俺にはアズサさんがわからない。


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