暴走する明日 作:まりえしーる 発表日: 2005/06/23(Thu) 09:10


ビル荒らしは危険の割りに見返りが少なかった。オフィスの什器には興味無いし、パソコン持ち出して顧客情報を売るなんてめんどうだし。現金を盗むならやっぱり個人宅がベストだ。「下着ドロボウ転落死 − クモ男、女子更衣室から死のダイブ、冥土の土産はブラ一本」というバカな見出しの新聞記事を読みながらマリエは考えた。いつもは無人の時間帯なのに残業してたりするからだ。サイテーの死に方。何故か高校時代に自分の下着に何の関心も示さなかった男のことを思い出す。こんなカタチで復讐した気になるなんてお門違いだとわかってる。わかってるんだけど。新聞をたたみカフェを出る。

住宅街を歩く。マリエは迷う素振りなど見せずにある家に入っていく。そこは庭に木をたくさん植えていて通りから中の様子が見えない。いつもの手順で玄関から屋敷の内部に侵入する。リヴィングに足を踏み入れたマリエは凍りついた。

なんと先客がいた。

スーツを着た男が口を開けてこっちを見ている。お互いに手袋をしてるのに気付く。「あんた、同業者か」「そのようね」

「ま、座れよ」。二人はダイニング・テーブルを間に挟み向かい合って腰掛けた。なんらかの形で折り合いをつけとかないとまずい。お互いに、何も無かったことに、会わなかったことにできれば一番だ。しかしいつかドジを踏んで逮捕されたとき、取調べの中で自分のことを何か喋られる恐れがある。

マリエのポリシーは、現場で自分の顔を見た相手はその場で葬る、というシンプルなものだ。それを貫くか。相手もプロだ、たぶん。色仕掛けは通用するのか。手を組もうと提案したとして、それでだませるのか。スキを突いて殺せるか。むこうも同じ事を考えているだろうな。

マリエはタバコを取り出し火を点けた。男の目が光る。「ともかく長居はできないわ。もう仕事は終わったの?」「まだだ。まだ何も取っちゃいない。だがもうやる気が失せた」「そう」。マリエは天井に顔を向け煙を吐き、クリスタルの灰皿でタバコを揉み消す。鮮やかなルージュの付いた吸殻が残る。これでこの男は、あたしがアサハカなシロウトだと思うだろう。捜査線上から男の線は消えると思うだろう。勝ったと思うだろう。

「暑いな」、男はネクタイをはずしはじめる。来たか、とマリエは思いながらタバコを2本取り出し、そのうちの一本を吸い始める。「あんた、この辺は今日が初めてか?」と言いながら男は立ち上がりマリエに背を向け、カーテンを少しずらし窓の外を眺める演技をしている。スキを見せて、あたしを油断させようとしている。ネクタイを使うつもりか。ありがちね。

マリエはポケットから「節水にご協力を!」と書かれたステッカーを取り出す。素早くイスの上に立ち上がって天井の火災探知機に火の付いたタバコを貼り付ける。男がネクタイを巻きつけた手をポケットに入れ振り返ったときにはマリエは元の体勢に戻っている。消えてしまったタバコの火をつけなおしてるフリをし煙を何度もふかす。

まだか。まだか。

その時、火災を知らせる警報が宅内に響き渡る。それを合図にマリエは玄関に向かってダッシュする。反射的に男が追う。手にはネクタイを持っているはずだ。男に追いつかれ首にネクタイを巻かれた瞬間、マリエはバッグから取り出していたスタンガンを男の脇腹あたりに押し付ける。

警報が鳴り響く中、マリエはタンスからストッキングを探し出し輪を作る。倒れている男の首にストッキングをかけ渾身の力で締め上げる。そして男をドアのそばまで引きずり、ストッキングの輪をドアノブにかける。男の服を全部脱がす。Tシャツはバッグから取り出したカッターで裂いて剥がす。タンスから女物の下着を取り出し男に着せていく。ブラはホックが止められそうもなかったのでストラップを肩にかけるだけでよしとしよう。男の右手をパンティの中に入れておく。

火災探知機に貼り付けたタバコを外し床に捨てる。切り裂いたTシャツを自分のバッグに入れ、取り出したルージュを男の唇にぬりたくる。ずいぶんはみだしちゃったわね。ルージュは指紋を拭き取り、男の左手の中に握らせておく。タバコとライターもプレゼントしてあげよう。

玄関から自分の靴を拾い上げる。男が侵入した窓を見つけ、そこから外に出る。警報を聞きつけた近所の住人たちが門から入って来て中の様子をうかがっている。もっと集まれ。もっと。この野次馬たちに紛れ込んでやる。誰にも意識されずに逃げてやる。消防車よ救急車よパトカーよ、早く来い。


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