タイム・アンド・ラブ 作:まりえしーる 発表日: 2005/06/15(Wed) 11:53

作者まりえしーるに深甚なる影響を与えたローラ・ニーロさん
「ふう。相変わらず疲れてるようね。勇気を出して恥ずかしい話をしたのに。男の子ってホントばかよね」

俺はオーヌキくんのお母さんの病室に来ている。あんまりうまく表現できない、具体的なことが言えない、漠然とした悩みごとを、なんだか誰かに聞いてほしかったんだ。けど、そんなしょーもない話を聞いてくれるひとなんて他に誰もいない。オーヌキくんのお母さんに頼りたくなるのは、俺が早く母親を失くしてることと関係あるのかもしれない。

「あとね、病人を元気付けたいんだったら、あたしのこと名前で呼んでくれないかな?サエコって呼んで。若返った気分になれるから」

35歳の女性を名前で呼ぶ。ガキの頃を思い出す。オヤジが再婚した女性を何と呼んでいいのかわからなくて、名前で呼んでたことがあったっけ。あのひとも俺も、お互いに仲のいい親子のロール・プレイングで苦労してたよな。

「で、ではサエコさん」。すっげー照れくさい。「恋に命を、ってゆーか、人生をかけちゃってもいいもんなんでしょうか」「はぁ?」

サエコさんは笑い出した。「ヒカワくんもトートツだね。純粋でうらやましい。キミは今恋をしている。そして迷いがある。で、キミは人生のセンパイのところに話をしにきたわけだ」「そのとーりです。すいません、療養中なのに自分勝手で」「ははは、リフレッシュできていいわ」

外でサイレンの音が響いている。

「誰の人生も、みんなドラマなのよ。ドラマティック。テーマはふたつ。時間と恋」「時間と、恋」「そう。この世のシンラバンショーすべてのものは、みーんなタイマーを内臓してるの」「タイマー」「キミもあたしも時限爆弾みたいなものなのよ。終わりの時刻がいつだかはわからないけど、ちゃんとセットされてる。そして時計は正確に時を刻んでいるの、こうしている今もね」

病気療養中のひとにそんなこと言われると胸が痛い。

「その限りある時間には2つのモードがある。恋愛中とそれ以外。それ以外の時間が圧倒的に長くて、だから人間社会はわりかしマトモに動いている。恋愛中の人間は、まあ控えめに言えば、かなりおかしい状態になる。マトモな行動はできなくなるけど、世界が輝き、生まれてきたことを感謝できる、まあタマシイが燃え上がる季節、ってゆうか」
「はあ」
「恋に人生を賭ける、ってゆうのは、正常じゃなくなってるアタマで、恋をしてないマトモな状態の時間をどう生きるかを決定しちゃう、ってことなの。恋が冷めてからの長い時間の過ごし方を、いっちゃったアタマで考えて決めちゃう、ってことなのよ」
「てゆーことは、つまり」、まっとうな道を歩めってことを言わんとしてるんだろーな、サエコさんは。

「恋に賭けなさい」「はぁ?」

「タイマーがいつにセットされているか、そんなことはわからない。明日かもしれない。100年後かもしれない。ヒカワくん、時間を楽しみなさい。どんなことが起ころうと、時間とはうまくつきあっていかなければいけないの。どっちに行こうか迷って、どっちを選ぼうとも、タイマーの設定は変わらないのよ。恋に賭けなさい。どんな恋もいつか必ず冷めるものだけど。恋が冷めて、くすんだ日々が続くかもしれない。そうなったときは、そのくすんだ日々を楽しみなさい。恋に賭けなさい。見えもしない明日に怯えて恋をないがしろにするなんて、人生のテーマの半分を放棄しちゃうことになるのよ。ほら、日が差してきた。もう行きなさい。走って行きなさい。彼女が待ってるんでしょ?」

サエコさんは俺を病室から追い出した。ありがとうございました、サエコさん。正直、よくわからない話だったけど、誰かにこんなに強く背中を押してもらったのは初めてだ。俺は雨上がりの舗道を走って帰った。


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