鬼童 作:まりえしーる 発表日: 2005/06/13(Mon) 10:02


目が覚めたとき、俺はお寺の本堂のようなところにいた。カラダが動かない。金縛りにあってるみたいだ。なにがあったんだろう。試合の打ち上げのあと、エリカさんを送って、ドレッドのひとと別れて。その後の記憶が無い。

「気付いたか」

なんとか動かせる首を曲げて声のした方向を見ると、妙なコスチュームを着たばあさんが護摩を焚いている。「あんた、誰」

「わたしはお前に憑いている悪霊を成敗しに来た祈祷師のサトミだ。気の毒だがお前を人質にさせてもらった」「はぁ?」「さるお方の依頼でな。お前自身のためだ。悪く思うな」

なんで平凡な高校生の俺がこんなオカルトな展開に巻き込まれなくちゃいけないんだ。

「床が固くて寝てると背中が痛てえんだわ。ばあさん、俺帰りたいんだけど」「悪霊憑きだというのに、お気楽な男だ。まあ待て。すぐに除霊してやる」。祈祷ばあさんはお経のようなものを唱え始めた。

悪霊。アズサさんのことか。このばばあはアズサさんを悪霊と呼び、しかも排除しようとしているのか。しかも誰かの指図で。俺は怒りと恐怖を同時に感じた。こいつらは俺たちの敵だ。アズサさんと俺を引き離そうとしている悪意を持った敵だ。こんなに目に見える形で自分をターゲットにしている敵が現れたのは生まれて初めてだ。戦わなきゃ。でも敵の目的と戦力がまるでわからないのが怖い。

その時、天井から白くて細い脚が降りてきた。アズサさんだ。アズサさんは音も無く床に降り立つ。「出て来なすったか。待っていたぞ、悪霊!」。ばあさんが叫ぶ。俺は逆上した。「悪霊だとぉ。ばばあ、てめえふざけんな!ブレー者!」と叫んだら、口まで金縛りにされてしまった。このばばあ、物凄いやつなのかもしれない。

祈祷ばあさんは、さらに護摩を焚きアズサさんに向けて呪文のようなものを唱え始めた。アズサさんは動かない。危ない場面なのか。大丈夫なのか。俺にはわからなくて怖い。

「ふ」。その時、アズサさんが笑った。祈祷ばあさんの顔色が変わる。「こ、こたえないのか。ばかな。なんという悪霊なのだ、おぬしは」。自分のやってることに何の効果も無いことを知った祈祷ばあさんの動揺がこっちにまで伝わってくる。自信と実績があったってことなんだろうか。

「お前は相手が誰かも知らずに挑んでいるのか」。アズサさんの口調が普段とまったく違う。

「だ、だれなんだ、おぬしは」
「お前も斯様な商売を生業とする者なら、光速教団という名を聞いたことがあろう」
「光速…?あの生き神様の?ま、まさか、おぬしが、あの失踪したという…」
「左様、我が名は草月”鬼童”梓」

「きっ…鬼童…」。祈祷ばあさんは大きく口を開けてへたりこんだ。そして土下座して「お、お許しください!知らなかったとはいえご無礼の数々、平にご容赦を!」と震えながら叫んだ。

「足りんぞ」。アズサさんがそう言うと祈祷ばあさんは、見えない大きな重しにつぶされるかのように床に這いつくばった。そして動かなくなった。

同時に俺の金縛りが解けた。アズサさんは祈祷ばあさんには何の関心も無いようすで俺のところに歩いてくる。「大丈夫?」「うん、俺は。…あのばあさん、死んだの?」「眠っているだけ。もう二度とキミの前には現れないけれど」

そうですか。

「ヒカワくん?帰ろ?」「…うん」。俺はボーっとしている。目の前で起きたこと、今初めて見知ったことが俺の心に大きな渦を作っている。折り合いをつけることができない。

俺たちは本堂の出口を抜けた。アズサさんは頭を俺の胸にもたせかけてくる。俺はいつものように左の手の平を上に向ける。アズサさんは右足をそこに乗せ俺の肩の上に一瞬で上がる。

「ヒカワくん」「・・・うん」「ごめんね、驚かせちゃって」「うん」「ごめんね、いろんなこと黙ってて」「うん」「帰ったらいろいろ話すね」「うん」「ごめんね」

あやまんなくていいよ。俺、アズサさんが好きなんだ。どんなひとだろうと、どんな知らないことがあろうと、アズサさんが好きなんだよ。ちょっと驚いただけさ。

アズサさんは俺の髪に顔をうずめた。

その夜、俺はアズサさんの過去を初めて聞かされた。アズサさんは幼児の頃から特殊な霊能を持っていた。ともかくアズサさんには「わかる」んだそうだ。いろいろなことが理由も脈絡も無くわかってしまうことがあるんだ、と。ひとの運命やら天変地異やらが。気まぐれにそれを口にするだけで周囲の大人たちは驚き、評判は広がっていった。ひとの心や、時には天候までコントロールしてみせるアズサさんを神と崇める連中が集まって来た。ついにアズサさんの親は宗教団体を設立しアズサさんを教祖に祀り上げる。気ままに他人の運命を暴き、時に災厄を自由に振り下ろす暴君として10年以上もアズサさんはその座に君臨した。でも、女の子としての自由はまったくなかった人生。生き神様と呼ばれ、鬼童と恐れられ、誰もがアズサさんに服従した。しかし成長するにつれ、徐々に自分の役割にも自分のチカラにも自分自身にも嫌悪感がつのっていき、ある日失踪。しかし俗世に紛れてみても強大なチカラはアズサさんからは決して離れなかった。ゲームのごとく他人の人生を好きなように振り回してきた少女時代。なんでも思い通りにできてしまい、また思い通りにしたがる自分への恐怖と罪悪感。そしてついに、自分の呪われたチカラを、自らの手でこの世から抹殺しようとして、アズサさんはこのアパートで…。

ハナシを聞き終わってから、俺たちはしばらく沈黙していた。それからアズサさんがぽつりと言う。

「ヒカワくん、もしキミが望むなら、キミは教祖になれるんだよ。あたしが後ろで手伝えば、ひどく簡単なことなんだ」

はぁ?教祖?俺が教祖になる?俺にはM78星雲の年金制度細則を聞かされるくらいわけのわからない話だった。「な、なんでトートツにそんなことを」「だって、あたしが経験した唯ひとつの職業なんだよ、キョーソって。あたしに将来の就職アドバイスができるのはこの仕事だけなの」。なんだそりゃ。職業かよ。就職かよ。そっか、ビジネスなんだよな、あーゆーのも。すげーキャリアだ。さすがは俺のアズサさんだよ。大好きさ。俺たちは肩を組んでげらげら笑った。笑いながらベッドに倒れこんだ。俺にはアズサさんがすべてだった。


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