線香花火 作:まりえしーる 発表日: 2005/05/31(Tue) 09:23


大学の研究室で昔ながらの線香花火を作ってるというセンパイから研究の成果をもらった。線香花火を作る日本の職人さんは、とうの昔にいなくなっちゃって、質の悪い輸入物でしか線香花火を知らない人が増えてるんだそうだ。おかげで線香花火は不人気花火になっちまったんだと。実際俺もショボい花火だと思ってる。ガマンして長い自慢話を聞いてあげた見返りとして貴重な作品を10本ほどいただいたんだ。モニターってやつっすか、センパイ。

で、俺たちは今、夜の公園にいる。

「花火はクサイしうるさいから嫌い」というアズサさんを、音しないしキレイだからさ、帰りにコンビニでリンゴ買うから、行き帰りは肩車するから、となだめすかして連れ出すのにちょっと苦労したけど。ちなみにアズサさんは肩車されるのが好きだ。コドモみたい。白状すれば俺はアズサさんを肩車して髪をいじられながら歩くのが好きだ。コドモです、はい。オゴソカに線香花火に点火してみたら、ホントにきれいでカンドーしてしまった。細かい火花が飛び散り、中央の火の玉がふくらんでいく。思わずアズサさんと目を合わせてしまう。昔の線香花火ってこんなに長い時間パフォーマンスしてくれるものだったんだ。花火の光がアズサさんを照らす。俺は線香花火にも、線香花火に魅了されてるアズサさんの美しさにも、魅了されている。てゆーか口語体に翻訳すると「押し倒してえ、今ここで」

そのときアズサさんが花火から急に視線をはずす。俺もアズサさんの視線を追う。そこには子犬を連れた男の子がいた。いつの間にかそばにしゃがみこんで線香花火を見ていた。小学生しかも低学年てとこかな。

俺はコドモは大嫌いなんだけど、このボーズはなんとなく気になって声をかけてみた。「きれーだろ」「…フツー」「そこらのセンコー花火と違うだろ」「フツー」。これだからガキは嫌いだ。声かけた俺が物凄くアタマ悪そーに見える。俺はガキに一本花火を差し出した。「ほら、いっしょにやろーぜ」。火を点けてやった。ガキの目の色が変わる。「すごいよ、おじさん、これ。チョーきれい」。おじさん。これだからガキは嫌いだ。

「お前、遅くまで外にいるんだな。親、家にいないんだろ」「うん」「そっか。そーだよな」「なんで知ってるの」「なんでだろな」。俺もそうだったからさ。ガキの連れてる子犬は、ちょっとまぶしそうな目をしてる。おとなしくていいやつだな、お前も。

初めてだ、ガキと遊ぶなんて。アズサさんはおだやかな顔で花火を見ている。ガキは時折アズサさんを見ては、すぐ視線をそらす。何意識してんだ、マセガキが。おめーのスケベ心はすべてお見通しだ。俺もそうだったからさ。今もそうだけど。そーいや俺もガキの頃、知らないお姉さんに花火で遊んでもらったことがあったような気がする。あのひと、キレイだったな。顔が思い出せないけど。俺みたいな男がいっしょだったかどうかは覚えてないしどーでもいいや。キレイだったな。アズサさんみたいなひとだったのかな。たぶん、きっとそうだ。

もらった花火は全部終わった。俺は花火の残骸に持参したペットボトルの水をかけビニール袋に回収した。花火ってさ、終わるとなんか切ないね、アズサさん。

「俺たちもう帰るんだ。お前もそろそろ帰れよ」「うん。おねえさん、おじさん、面白かったよ、ありがとう」。この呼称の差。これだからガキは嫌いだ。

別れ際にアズサさんが初めてガキに声をかけた。「その犬の名前は?」「ヤーボ。ヤーボだよ。じゃあね。行くぞ、ヤーボ」。俺は顔から血の気がひいた。それは俺の死んだ犬の名前だった。

俺は呆然としながらアズサさんを肩に乗せて部屋に帰った。アズサさんが俺の頭の上で歌う、いつものジョイスの「雲」が遠く聞こえる。部屋に入ってから、何かが急に怖くなった俺はアズサさんを強く抱きしめてしまう。

「あれさ、あのコドモ、昔の俺なのかな。俺、昔の自分に会ったのかな。それとも今の俺ってユーレイなのかな、実はとっくの昔に死んでてさ」

「はぁ?なに夢みたいなこと言ってんのかな、この大きなボーヤは」

その夜アズサさんは朝まで俺のことを「ボク〜」と呼んでからかった。


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