去るひと、残るひと 作:まりえしーる 発表日: 2005/05/25(Wed) 09:26

アズサさんの愛犬ラルフ
ある日の午後、アズサさんが公園で愛犬家の集会を眺めていると、見知らぬおばあさんが寄ってきて話しかける。

「あんたが飼ってた犬も賢くていい子だったんだね」「おばあちゃん、わかるんだ」
「わたしにはわかるよ。今思い出していたんでしょ」「うん」
「わたしの犬もいい子なのに…。なんとかならないかしら」「なんとかするよ」

2分後、アズサさんは古びた民家の前にいた。自転車に乗った警官の姿が見えた時、アズサさんは玄関サッシのガラスを石で割った。

パトロール中の警官が空き巣に狙われたと思われる民家で一人暮らしの老女の遺体を発見。死因は老衰で死後およそ2日たっていた。遺体のそばを離れなかった老女の愛犬は隣人が引取りを申し出た。

「これでいいかな」「ありがとう。でも今時の若い人は思い切ったことをするもんだねえ」
「あたしそろそろ帰らなきゃ」「え、あんたこの世に帰る家があるのかい」
「うん。ガッコから飛んで戻ってくるバカがいてね。帰ってきた時に家にいてあげたいんだ」「幸せなんだね」
「どうだろね。長続きする幸せなんてないから。それがある間は大事にしようかなって」「じきに終わってしまうことを知ってるからこそ今を幸せって思うんだよ。大切にしなさい」
「じゃあね、おばあちゃん。道わかる?」「大丈夫。いろいろありがとう」

おばあさんは夕日の中、ガラスの破片を撒き散らしたような輝きを放ってから、消えた。

アズサさんはジョイスの「雲」を歌いながら家に帰った。


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