清算 作:まりえしーる 発表日: 2005/05/10(Tue) 08:47


ある中年男が蒸発した。1週間待った後に男の妻は警察に捜索願を出した。男は帰って来なかった。半年後に隣の県で男性の変死体が発見され、警察から妻の元に身元確認の要請がきた。腕時計やネックレスから、妻はその死体を夫の変わり果てた姿だと認めた。5日後の葬儀は無事終わり、霊柩車は火葬場に向け出発した。霊柩車がスピードを上げたとき、突然ホームレス風の男が前に飛び出して来た。運転手は避けられなかった。飛び出してきた男は霊柩車にはねられ即死。遺影を抱えて助手席に座っていた妻は呆然となった。顔が潰れたその死体は行方不明者として処理された。

生活に疲れた中年男がいた。5年前から深い関係にあった不倫相手とのトラブルと、取引先の担当者に誘われるがまま足を突っ込んだバカラというギャンブルで抱えた借金が彼を自暴自棄にさせた。妻との離婚を迫る愛人との諍いと、ヤクザからの取立てで消耗してしまったのだ。妻と娘を残し彼は失踪者となった。しかしあろうことかその日のうちに彼は何者かに襲われ、所持金と貴金属類を奪われてしまう。警察に届けることも家に帰ることもためらわれた彼は、そのままホームレスの生活を始めた。ある日拾った新聞で、身元不明の死体が自分として扱われていることを知る。彼は妻のことがどうしようもなく気になって、いてもたってもいられず半年ぶりに自分の街に戻った。自宅へ向かう途中で、彼は喪服を着たかつての愛人と鉢合わせをする。元愛人は大声でわめき彼に詰め寄った。反射的に彼は走って逃げた。車道の方へ。

その主婦は不倫をしていた。実直なだけが取り柄の退屈な夫を長年支えてきたが、こともあろうにその夫が何年も自分を騙して浮気をしていたことを最近知った反動だった。復讐のためか、主婦が選んだ相手は夫が仕事で親しく付き合っている年下の男だった。主婦は夫に高額な生命保険をかけ、浮気相手に夫の殺害を持ちかけた。浮気相手は、とりあえずその夫を知り合いのヤクザが経営するバカラ賭博の店に連れていってみるか、と考えた。自分の手を汚さずに夫を消し、主婦がやがて手に入れる保険金を脅し取る。それがこの男のテーマとなった。

ある日娘は亡き父の夢を見た。ベッドから這い出した娘は夢遊病者のように台所にいき、それから母親の寝室に入って、年下の男と寄り添って寝ている母親に告げた。「ママ、パパが来た。パパはママに轢き殺されたって言ってた」。娘は包丁を持っていた。母親は年下の男の胸に突き立てていたナイフを抜いて反撃しようと焦ったが、間に合わなかった。

娘は動かなくなった母親をしばらく眺めた後、ベランダの外から手招きする父に駆け寄り手すりを乗り越えた。娘が移動する19階分の高さの下には警察の手入れをなんとか逃れたバカラ賭博店の経営者が歩いていた。


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