月までぶっ飛ばして 10 作:まりえしーる 発表日: 2006/01/17 16:00

「ポール・サイモンが大学時代にキャロル・キングと録音したヤツ、入手されたって聞いたんですが、貸していただけませんか?」

俺はそのスジでは名の知られたレコード・コレクターだ。おかげで夜中に突然知らないひとからこんな電話がかかってくることが多い。丁重にお断りする。いったいどこから俺の電話番号や俺の買い物情報が広まって行ってるんだろう。

収入のほぼすべてをレコード購入に費やしているため、俺はいい年こいて安アパートに住んでいる。部屋は狭い。壁はすべて、ぎっしりアナログ盤を詰め込んだレコード・ラックに占拠されている。新たに購入したレコードは床に積んでいくから、うかうかしているといつの間にやら俺は立って眠るハメになる。だから年に3,4回は段ボール箱30個くらいのレコードをレンタルスペースへ持って行く。しかし空間が出来るのはホンの束の間、部屋はあっと言う間にレコードで再び埋め尽くされてしまう。その繰り返しが俺の人生だ。

さっきの電話は、ちょうど昼間レンタルスペースにレコードを預けたばかりというタイミングでかかってきたんだ。先方が希望してたレコードは運悪く長期外泊に旅立ったとこなのさ。ケチや意地悪で貸さないわけじゃない。コレクター稼業ってのはヨコのつながりが大切だからね。できれば貸してあげたい。ま、相手によるんだけどさ。

今日は部屋が広い。2ヶ月ぶりに手足を伸ばして眠れるぞ。俺は「ニューヨーク・テンダベリー」の別ジャケット盤を聞きながら床に寝そべる。ローラ・ニーロは最高だ。

ふと見上げると、レコード・ラックが傾いていることに気付く。あれ、なんで。見るとラックが床に沈んでいるのだ。なんだこりゃ。床にはカーペットを敷き詰めてあるので詳しいことはわからないが、どうやらラックの重量に床が耐え切れなくなっているらしい。呆然としていると、みしっ、みしっ、という音が聞こえてくるではないか。

なんということだ。床板および根太が折れようとしているのか。もしかしたら梁までも。

このままでは床が抜け、大切なレコードが落下して破損の危機にさらされてしまうではないか。下の階の住人に当たってレコードが割れたりしたら大問題だ。どうすりゃいい。

抜本的解決は引越しだ。それしかない。とりあえず明日、すべてのレコードをレンタルスペースに持っていこう。ああ、24時間営業の業者にしておけばよかった。それはともかく、まずは今夜をしのがなければ俺のレコードに明日はやってこない。どーすっかな。そうだ、荷重の分散による床への負担軽減。これだ。

俺はラックからレコードをすべて抜き出し、床に並べ始める。床一面均一に並べれば、なんとか一晩延命できるのではないか。

しかし、ミシミシ音は鳴り止まない。やばい。やはり部屋から持ち出さないとダメなのか。

そのとき俺の部屋の天井が割れて、床板や根太、大量のコミックス、マンガ雑誌、フィギュア、太った住人などの絨毯爆撃が始まった。爆撃は容赦なく俺がせっせと床に敷き詰めたレコードを粉砕していく。ああ、せめてラックに入れたままにしておけば、と嘆く間もなく1/1ザクを肩に乗せたかっこうで俺は割れたレコードと共に下の階に落ちた。

下の階の貧乏夫婦はガスによる無理心中の真っ最中で俺の上の階のヲタは喫煙中だった。

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