「メンチカツはこれから揚げますので、お時間少々かかりますがよろしいでしょうか。ではお席でお待ちください。メンチ、ワン。テイクですー」
そのハンバーガー屋は複数のテナントが同居しているフロアの一角にあった。俺は店員に渡された番号札を手にカウンター席に腰掛けて待つ。ふと視線を上げると、仕切りガラスの向こうは下着屋だった。俺の目の前にはシャルドネやらベネチアレッドやらピーチスクリームやら、なんともフェミニンな呼び名を付けられた色で鮮やかに仕上げられたブラやショーツが並びんでいる。思いがけない光景に口を開けて見とれていると、そこにいた女性客たちが俺の視界から離れて行き、入れ替わりに下着屋の店員が登場して冷たい視線を返してくる。
屈辱。
俺はハンバーガーを待っているだけだろ。変態を見る目で見やがって。そりゃあ俺は女性モノの下着は大好きだよ。真夜中に帰宅する途中で干しっぱなしの洗濯物見つけて盗んだことだってあったさ。でもさ、翌日その下着の持ち主が家を出るところを偶然見かけてから下着ドロボーはやめたんだ。過去のハナシなんだ。キミらはあの時の下着の持ち主と同じだ、俺にとっては。いかに俺が下着が好きでも、キミらの下着に関心を持つことだけは天地天命に誓って絶対無いんだ。俺は美人でしか欲情できない。だからそんな目で見るな。
くそ。
ハンバーガーを受け取った後もあの目が忘れられない。むしゃくしゃした俺はビル内を偵察しながら歩き回った。防犯カメラを設置している店もある。閉店後も稼動させているだろうか。ないだろうな。ビルとしてのセキュリティは甘い。名ばかりの機械警備。非常階段横の窓から下着屋へのルートには天井にパッシブインフラレッドセンサーがひとつあるだけじゃないか。赤外線で侵入者を探知し警報を鳴らすやつだ。
ビルを出た俺はコンビニに行き、運良く目当てのカップ天ぷらそばを見つけて買った。店の外で中身をゴミ箱に捨て空になったカップをダウンジャケットの中に隠す。さあ、あのビルに戻ろう。
誰かが通路に置きっ放しにしてた小さな脚立をセンサーの下まで持って行った俺は、素早くフトコロから取り出したカップをセンサーにかぶせる。直径がぴったりなんだよなあ、このセンサーとこのカップ。脚立を元の場所に戻した俺は鼻歌を歌いながら帰宅した。
深夜2時をまわったころ、俺はそのビルの裏手に来た。計画通り窓ガラスを割って侵入する。当然カップで目隠しされたパッシブセンサーは沈黙したままだ。最初からダミーだった可能性もあるけど。
俺は下着屋に直行する。ペンライトに照らされた店内は宝の山だ。わーははは。俺は店中の商品を床に落として下着の山を築いた。そしてその山にダイブする。ブラやショーツの海に溺れる悦楽。こんなことを思いつくヤツが他にいるだろうか。仮にいたとしても、実行できたのは俺ひとりに違いない。前人未到の新たなる地平を開拓した自分に酔いしれてしまう。気が狂いそうなほど楽しい。このまま下着に埋まって死んでもいい。いや、死ぬのはまだ早いか。
俺は下着の山から這い出して店の奥へと向かう。朝まで誰も来ないんだからひとたび侵入に成功してしまえばビル荒らしは気楽だ。店の照明もオンにしてしまえ。やはり下着は目で見なきゃ。こんなに美しいんだ、もったいない。
カーテンで仕切られた奥のスペースに大量の在庫を発見して俺は狂喜した。段ボール箱を売り場にひっぱり出して中身を床にぶちまける。夢のような世界の誕生だ。
俺は下着の海に潜り込み至福の時間を味わう。自分が世界最強であることを実感する。同時にカラダが浮き上がるほどの揺れと、物凄い重みがのしかかって来たことも実感している。どうやら大地震が起こって陳列棚が俺の上に倒れてきたらしい。でも美しい下着たちがクッションになって俺を守ってくれている。身動きはできないけど俺は無傷だ。俺は無敵だ。
しかしその後襲ってきたビル火災の前では下着たちは無力だった。