ホワイトノイズ、ピンクノイズ その6 作:まりえしーる 発表日: 2005/11/22 10:00

「家まで送ろうか」「え?また戻ることになっちゃうよ、ヒカワくん。いーよここで。今サイコーに気分も体調もいいんだ。でも心配してくれてありがと。じゃあね、明日ガッコで会おー」

去っていくまりえの後姿がさっそうとしている。別人みたいだ。あの歩き方じゃ転ぶなんて考えらんねーな。いつの間にかアズサさんが俺の隣に立って、まりえを見ているのに気付く。

「帰ろっか」「うん」

俺たちは家路についた。当然、俺がアズサさんを肩車して。

俺には気になることがあるんだ。「アズサさん、あのさ」。思い切って聞いてみることにした。

「なあに」。アズサさんは俺のアタマの上から答える。

「まりえ、1年近く耳鳴りがしてたんだって。それがさっき直ったみたい。それからさあ、帰っていくあいつ見てたら、歩き方が、なんてゆーか、スマートになってた。もしかしてアズサさん、あいつに何かしてあげたのかな。さっきのキス、何かのおまじないだったのかな」

「あのコはね、アタマの中に腫瘍があったのよ。それでしょっちゅう転んでたんだね。耳鳴りの原因もそいつだったんじゃないかな」

「え。それってキケンな病気?」「たぶんね。でも消しといた」「え。アズサさんが」

俺はアサハカなことに、意外だって声を出してしまった。だってさ、誰だって驚くだろ。まりえに脳腫瘍があったことにも、それを発見しちゃうアズサさんにも、しかもそんな病気を治せちゃうアズサさんにも。

でも本音を言えば、それよりもなによりも俺が一番意外だと思ったのは、アズサさんが他人を、まりえを、助けてあげたってこと、なんだけど。

アズサさんが人助けをすることを意外だと感じるなんて、すっげー失礼なことだよな。気を悪くさせちゃうよな。だけど俺はもう顔にも声にも出しちゃった。

「まあ、見つけちゃったからね。なんとなく」

アズサさんは俺のアタマの上でそんなことを言った。言い訳っぽいカンジがする。ガラにも無いことをしたんで照れているのかな。顔は見えないけど、赤くなってたりして。そんなことないかな。見上げるとアズサさんはそっぽ向いてる。うわ。なんてかわいいんだろ。

まりえは飛んで来るヘルメットから俺を守ってくれた。もしかしたらアズサさんは、そのお礼にまりえを治してやったのかな。もしかして俺ってアズサさんに愛されてたりして。なんてね。そんなわきゃあないよな。

まりえの耳鳴りはジャーっていう、放送終了後のテレビの音みたいだって言ってた。ホワイトノイズってやつだ。それがアズサさんが現れるとザーっという高音域が弱い音に変わる、とも。それはピンクノイズに変化したってことか。まりえにどんなセンサーがあって、アズサさんの何に反応していたのか。俺にはさっぱりわからない。でも、霊感があるってゆーのは、こーゆーことなのかも。

俺と初めて会った頃すでに、まりえのアタマの中にはホワイトノイズが鳴り響いていた。いつでもそんな音が聞こえてるのって、どんな気持ちだろう。俺にはわからない。他人の体験を体験することはできない。そしてあいつも、もう二度とその音を聞くことはないんだ。そして、段差もなにも無い場所で転ぶようなことも無くなるだろう。たぶん、ね。

「だけど、怪物を作っちゃった、かもね」「なにそれ」「ううん。なんでもない。なにが幸せかなんて、誰が測定したかで決まる程度のもんだよね」「はぁ?」「いいの。ひとりごとだから。ねえ、ヒカワくんは今幸せ?」「もちろん。俺はアズサさんとこうしてれば無条件で幸せ」「あはは。じゃあこれではどーだ」

アズサさんは手で俺の両目をふさいだ。「わ、危ない。危ないって」「危なきゃ立ち止まればいーじゃない。なんで歩き続けてんの」「アズサさんが前見ててくれてるから。だからホントは別に危なくなんかないから、さ」「あたしすっごい近眼だよ」「うそっ」「あはは。ほら前に電柱」

俺はアズサさんの指示だけを頼りに歩き、一度も転ばずに部屋に帰った。


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