ジンクフィンガー その8 作:まりえしーる 発表日: 2005/12/06 16:00

コアダンプホテルへ向かうカイエのケータイが鳴った。見知らぬナンバー。誘拐犯か。ぴっ。

「もしもし」「あ、あたし、リンコ」「リンコ。無事なの?なにこのナンバー」「男殴り殺して逃げ出したの。これ、盗んだケータイ」「殴り殺した?撲殺?」「うそうそ。半殺し」「どこにいるのよ」「今アミナダブに行く途中。カイエも来てよ。連中との待ち合わせは無視していいから」「なんでアミナダブなの」「ハラへったから。連中、カイエの家知ってるから。家に戻っちゃあぶない」「わかった」

カイエがアミナダブというカフェに入ると、リンコはすでにポークソテーを食べていた。
「カイエ、ブヒでよかったー」「飲み込んでからしゃべりなさい」

リンコは経験したことすべてをカイエに話した。「すごい記憶力だなあ。あたしのケータイの番号も覚えてたんだ」「80人までなら電話番号すらすら言えるよ。それ越すと、ちょっと思い出すのに時間かかるけど」「そんなことはともかく。ケーサツに行こう」

リンコの詳細な証言と警察の迅速な行動で、拉致グループは地下駐車場で、スエヨシはメッド・フェリシダージ社内で、ヒキタはカホのマンションで、それぞれ逮捕された。拉致誘拐に加え、違法薬物売買や脱税などの余罪というエサのニオイに誘われた検察というケダモノが集団で襲い掛かっていくようだな、とカイエは思った。

「記憶していることをすべて提供しますから、どーか絶対にあたしの名前はマスコミに出さないでくださいねっ。被害者なのにプライバシー暴かれるのはヘンでしょでしょでしょ、ねえねえ刑事さん」

こんなゴリ押しによって、リンコとカイエの名前はマスコミにはいっさい流されなかった。裁判で証言台に立たされる可能性はある。だがその頃には世間はこんな事件のことなど覚えちゃいないだろう。マスコミは事件を消費していくだけだ。鮮度の高いネタに飛びついては薄っぺらい皮をかじり、すぐに放り出しては次のネタへと奔走していく。

ふたりは夜のニュースをカイエの部屋のテレビで見ている。「指切断して指輪ゲット。あの薬物女こわすぎ」「犯罪者の資質って転写されてくのかな。あの指輪、亜鉛製だったりして」「ジンクフィンガーってか。カイエ、センスがヘン。専門バカすぎ」「これがスエヨシってひとかあ。あ、あれ?」「なによ」「あのベルギー人が映ってる」「スエヨシが今日ベルギー人とでかい契約をするとか言ってたけど、そのひとか。かっこいいね。でもカイエ、なんであんたが知ってるの」「あたし、昼間このひとに道聞かれた」「あらま」「丁寧に教えてあげたらすっごい感謝されてホテルに招待された。ベルギーの製薬会社の社長デースみたいなこと言って名刺くれた。うっそつけ、と思ってたんだけど」「あたしが殺されかけてるときにそんなことしてたのかよ。ひっでえー。あ、テロップ出た。ホントに社長じゃん」「あたし、今からホテル行く」「はぁ?」「研究室にいい待遇で雇ってくれるかもしれないでしょ」「そりゃそーかも。でもさあ。あぶないよ。食われちゃうかも」「チャンスがあるなら、男はとりあえず食わなきゃ」「正気かよ。あれ、速報だ。うお、ベルギー社長にも逮捕状だってよ」「え。密売もやってたんかい」

「カイエ、どーする」「はあ。地道に研究続けてドクター取る。ドクター取ってポスト探す。今までどおりやってくわ」「そーだね。あたしもそーするわ」「あんたは他に何も無い理系女だからね」「おめーもな」




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